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君がいる限り
 この世界で魔族が団結し、勢力を広め数百年が経つ。昔は人間の領土だった土地も、今では我々のものとなったところは多い。人間たちと小競り合いがあるものの、数十年前から冷戦中。平穏なんて言葉にはずいぶん縁の無い我々だったが、最近は争いを知らない若者達も多くなってきていた。
 だが二年前、一人の人間の手によって戦乱は蘇った。精霊に選ばれ、祝福された勇者の登場によって、世界の勢力図は大きく書き換えられた。勇者の猛進撃はすさまじく、あれよあれよという間にのど元に刃を突きつけられた。平和ボケしかけていた我々魔族もなんとか団結し直し、勇者を亡き者にしようと攻勢をかけ始めた矢先――我々のトップ、ワンマンでカリスマのあった魔王が就寝中に永眠。誰も予想だにしない展開。魔王はあと五十年はくたばりそうもない、若者より元気な老人だったものだから。
 その直後の混乱振りは言葉にならない。魔王の後継者候補は実力のあるものや血族などの中から十数名選出されていたとはいえ、まだまだ先のことときちんと決まっていなかった。勇者はそれを狙っていたかのように、魔王城を急襲。側近達は自分達の息の掛かったものを魔王に祭り上げ様と画策しようとしていたが、そんな時間はない。勇者対策のため、候補者達は皆、城を出払い、どこかの塔やらダンジョンなどで部下を率いている。城内に潜入した勇者の前に魔王として姿を見せられるのは――候補者の中で末席の私しかいなかった。
 周囲も、私自身も奇妙な顔をしながら先代の後を継ぐ儀式を簡略に、早急に行った。勇者がいつ現れてもおかしくない謁見の間で。本当はとても厳かな式なのに、焦燥感や緊迫感はあっても緊張感はなかった。
 勇者がいつ現れるのかと待ち構えていたが、夕方前、勇者が退いたとの報告があった。本格的な決戦を前にしての下調べだったらしい。実に舐められたものだ。勇者はレベルをあげる為か、しばらく城の近くをうろついていたが、数日後には後退。活気を取り戻した人間の町まで引き上げ、こちらの出遅れた戦略――塔やダンジョンに特攻をかけている様子。
 おかげで城の中に満ちていた緊張感が若干和らいだものの、気は抜けない。魔王となった私は、目の回るような忙しさ。寝る間も惜しんで魔王としての勉強に勤しむ日々。勇者対策や今後の方針は私の一存ではなく、先代魔王に仕えていた重鎮達の会議によって決められているが、誰もが自分達の利権を主張し進まない。その会議さえ、私は決定事項を知らされているだけで、参加することもでき無い。完全に私はお飾りでしかない。
 数日後、危惧していた意見を異にする五分の一の魔族が造反。もともと先代がいたから団結できていたのだ。連日連夜会議は続いているが、私は何もやることが無い。それならばと、気分転換に城を抜け出すことにした。
 久々の城外は懐かしい。あまりにバタバタと魔王に就任したので、新しい魔王の顔など誰も知らず、顔見知りの魔族に会ったところで、
「久しぶりじゃないか、何やってたんだ?」
 気安く声を掛けられる。親族や近しいものは知っているが、ただの顔見知りは私が魔王だなんて知りはしない。就任儀式があまりに簡素だった為、ほとんど誰も新しい魔王を見たものはいないのだ。
「今、城内が騒がしいからね」
 忙しいのだと告げる。
「そういえば、魔王さまが――殺しても死にそうに無い方だったのねぇ」
「そうだね」
 辛気臭くなるのは、それだけ先代魔王に絶大な人気があったということだ。私自身、まだ先代が死んだことを信じられないでいる。
「それで、新しい魔王さまってどんな人なんだい?」
「ごく普通だよ」
 私は答え、まだ聞き足りなさそうな顔を尻目に、離れる。ボロを出すわけにはいかない。魔族たちが集まっている場所で、私が魔王だと知っているものに会わないとも限らないので、足を伸ばし、人間の町に繰り出すことにした。
 比較的人間に近い外見をした魔族が人間の町を訪れること、実は良くある。変わり者などと言われることもあるが、私も人間の町へ繰り出すのが好きな方だ。
 以前、よく来ていた辺境の町は、勇者の活躍の賜物だろう、ずいぶん活気を取り戻していた。以前は物々しい雰囲気だったが、今日はお祭りらしい。露天が立ち、時間が遅いというのににぎやかだ。小さいながらも打ち上げ花火まで上がる。以前と同じ街とは思えない。人間たちの楽観的で享楽的なところが楽しくなる。
 ぶらぶらと歩き回るだけでも楽しい。この小さな町にこんなに人がいただろうか。私は魔族だが、人間を忌み嫌っているわけではない。どちらかといえば、人間もその文化も好きだ。
「お前、飲んでいないのか?」
 町の広場へ向かう途中、話しかけられ立ち止まる。声の主はこげ茶の髪を肩で綺麗に切りそろえた、小柄な女。酔っているのか、顔が赤い。かわいらしい顔立ちだが、目つきが鋭い。言葉使いが乱暴な上、妙に迫力のある女だ。
「私は今、着いたばかりなんだ。今日は祭りなのか?」
 女は馬鹿にしたような、嫌味な笑い方をした。
「勇者様歓迎会、だそうだ」
「あぁ、そうか」
 勇者が魔王まで押しかけてきたのはつい先日。この街を拠点に移動魔法を使って世界中で暴れていても不思議ではない。どれだけ魔族が衰退しているかって、情けない話でもあるが。
「君は冒険者?」
「あぁ。見ればわかるだろ」
 さすがにマントはつけていないが、手袋やブーツが明らかに冒険者のものだった。村娘などではありえない。どうして気づかなかったのか。
「当の勇者は……どこに?」
 私は勇者がどんな容姿なのか知らない。錯綜した情報が飛び交っているため、一番新しい有力情報のみで作成された勇者絵でさえ、魔族でもない限りありえない容姿だった。確実にわかっていることは人間の女で、片手に精霊が授けた勇者の証がある。それだけ。その証が、魔族討伐に絶大な力を発揮している――どれだけ精霊が魔族を疎んでいるか、人間を利用しているかがわかる構図だ。利用されている人間達は気付いてもいないらしい。なんとも愚かなことだ。
 熱心に探す私に女は冷めた瞳で人の海を見やる。
「その辺にいるさ」
 ごった返した人の波。村のもの、旅のものの違いさえわからない。平和的に勇者を見つけだすのは無理だと諦め、歩き出す。喧騒を横目で見ながら広場を一回りする。月明かりの下、そのまま街を出て――
「おい、お前どこまで歩くんだ」
 突然後ろから声を掛けられ驚いた。あの女だった。ずっと私の後をついて来ていたらしい。私は何と言っていいものやら思い浮かばず、
「歩きたい気分なんだ」
「なるほど」
 と、女は私の横に並ぶ。
「私も歩きたい気分だ」
 視線の先には魔王城。先代がいた頃ほど、迫力のなくなった城が遠く見える。人間達は憎しみを込めた目で、あの美しい城を見る。女の瞳には、なんの感情もうかがえない。
「この辺りは魔物も強い。散歩など、愚の骨頂だな」
 女は冷たい口調で言った。
「そうだな」
 同意して、女とともに村へと引き返す。正体を明かそうかとも考えたが、この女ならどこまでもついてきそうな気がした。それに、こんな魔王城近くで人間の女を連れていれば、見せしめに襲われかねない。今、我々が頭を抱えているのは、人間側に寝返る魔族の存在。
 村と外とを隔てる高い壁の外に腰を下ろす。時たま喧騒は聴こえてくるが、案外静か。星もよく見える。
 酔った女は案の定、私の隣に腰を降ろし、酒瓶を傾ける。
「飲みすぎじゃないか?」
 女から酒瓶を取り上げ、口にする。強いだけの、あまり美味くない酒だ。まだ半分以上残っている。
「よく飲めるな、こんな酒」
 女はきょとんと私の顔を見、秘密を打ち明けるような顔で笑う。
「今日、初めて飲んだんだ。美味いものじゃないな、酒って。みんな、美味いって飲んでいるから飲んでみたんだが」
「酔いたかったのか?」
「そうかもしれない」
 会話が続かず、沈黙が降りる。女はポツリと呟く。
「これで最後かもしれない」
「何が?」
 女は答えようと口を開きかけ、寂しそうに首を振る。
「なんでもない」
 私は見てはいけないものを見てしまったような気分で、酒瓶を見る。最後。私も、勇者に倒されればそうなる。居たたまれず、それをあおる。美味くも無い酒だが、無性に飲みたい気分だ。
「悪い。全部飲んでしまった」
「強いヤツだな」
 女は笑って懐から新たな酒を取り出し、私に渡す。一体何本くすねてきたのか。夜明け近くまで二人で飲み、たわい無い話をして別れた。

 勇者を迎え入れる作戦は万端だったが、士気は弱く、指揮系統もうまく機能していない。レベルの低い魔物たちは逃走し、残った魔物たちもまとまりがないため、次々、勇者たちに討ち取られていく。
 私はだだっ広い魔王城の一室で、ただ、勇者を待っている。作戦部長にここにいるよう言われたので、いる。魔王が打って出るなんて聞いた事が無い、なんて馬鹿にしきった顔で言われたので。
 悲鳴と破壊音、打ち合わされる剣の音。魔法で生み出される爆発音。足音。近づいてくる気配。
「よく来たな、勇者」
 ひねりのない台詞だが、作戦会議で決まった台詞だから無碍《むげ》にするわけにもいかない。
「我が野望、この世界を――」
 睨み付ける勇者の視線に既視感を覚えた。戦闘で薄汚れているが、あの女だ。一緒に酒を飲んだ――女も気づいたのだろう、大きな目をさらに大きく見開いている。
「我々がこの世界を手に入れたあかつきには――」
「いくぞ、魔王」
 続けようとした私の台詞はさえぎられ、戦闘に突入。せっかく台本五ページにも渡る長台詞を覚えたというのに。勇者はせっかちすぎる。
 賢者が補助呪文を唱え、魔法使いが強力な攻撃魔法を繰り出す。戦士と勇者は剣による打撃。実に見事な連携プレー。それに比べてこちらは独り。まことに分が悪い。全体攻撃かければ、卑怯者を見るような目つきだし。
 なんとか勇者以外を戦闘不能に陥らせる。勇者に止めを刺したいが、一緒に酒を飲んだためか、情が沸いているのか、それが出来ない。
 勇者の攻撃、こちらの攻撃、勇者が回復、こちらも回復。先ほどからそのパターンに陥っている。戦闘の中で気づいた。勇者の右腕。その腕だけ、負傷しにくい。守備に徹しながら、尋ねる。
「君のその腕には精霊の紋章、勇者の証があるんだな」
「だったら、どうだって言うんだ」
 女は昨日と打って変わり、激しい目をしている。歯を食いしばり、剣を下段から斜めに切り上げる。背が低いからだろう、足元への攻撃が多い。結構苦手。
 攻撃を再開し、勇者の右腕を狙う。他の部分より、よほど硬い。攻撃が効いていないかのようだ。精霊の力を得た右腕は、素手であっても魔族に対して凶悪な武器であり防具なのだろう。
 戦闘で興奮状態にあるというのに、なぜか不思議と心の中は穏やかだ。魔王の力を持つ今の私と互角に戦える存在、それは勇者だけだからだろうか。死闘であるのに、子供のじゃれあいのような楽しさ。いつまでも終わらないような、いつまでも続いて欲しい気さえする。
 高い天井、広い室内に私と勇者の荒い息づかい、剣げきだけが響く。どちらも深手を負い、戦闘開始した頃のような、鮮やかなキレはない。時折、獲物を振り回し、距離を取る。
「ダァァァァッ」
「ヤァッ」
 勇者の剣が私のわき腹を刺し、私の剣は勇者の胸を貫いた。もう一歩、踏み込まれていては危なかった。いや、疲れが無ければ、もう少し私の身長が低ければ、女の剣は確実に私の心臓に届いていた。危ないところだったが、私は勝ったのだ。私が勝ってしまったのだ。
 わき腹の剣を抜くため、後ろに下がる。こちらのダメージも大きい。魔王の力を持っていたとはいえ、高齢の祖父ではやられていただろう。
 部下を呼んで、回復魔法と回復薬を使うが、傷が深い。当分、養生しなければいけないことは明らかだ。問題の勇者の腕を見る。他の部分に比べればずいぶん傷が少ない。
 いや、まさかと思いながら私は勇者の腕を見やった。少ないというより、治癒していると言ったほうが早い。うつぶせに倒れた勇者の体をひっくり返す。心臓を突き刺したはずなのに、血溜まりは驚くほど小さい。青ざめた顔は、すでに血の色が戻りつつある。
「これも精霊の力か」
 勇者は安らかな顔をしている。私と刺し違えたとでも思ったのか。
「精霊もずいぶん性質の良くない魔法を作りだしたものだ」
 不死身の勇者という称号は真実だった。きっと、私を殺すまで死ぬことはないのだろう。女はこの事実を知っているのか――考えるまでも無い。知っていたから、昨日の夜、あんな顔をしていたのだ。
 勇者の腕に絡みついた布地を切りとる。水で血を流してしまえば、町娘のような細腕。精霊の力のみで、剣を振り回していたのだろう。
 女の手袋をはずす。手の甲から輝き。紋章の力だろう、聖なる輝きが広間に満ちる。目が眩む。レベルの低い魔物たちでは勇者に近寄ることもしないだろう。普通の剣や木の棒でも、この光に包まれれば、魔族相手に強力な武器となったはず。精霊たちは実に厄介なものを人間に与えたものだ。力の源である勇者の右腕を肩近くから切り落とし、魔法水晶で封じる。闇色の水晶。不透明であるはずなのに、勇者の腕は星のように輝いて見える。
 女には不自由しないよう、生体機械を移植してやる。本来は魔物たちに移植するものだから、見た目は良くないが、普通の手として使うことができる。酷く壊れない限り、自ら修復もする。魔族に害を与えることはできないが、人間や精霊に害を与えることは可能だ。我ながらサービスが良い。
 魔導師連中を呼び出し、水晶漬けの勇者の腕を見せる。眩しそうに目を細めながら、誰もが感嘆と恐怖の入り混じった声を上げる。
「勇者の息の根は……止めないのですか?」
 おそるおそると言った風の作戦部長の問いかけに、私は笑う。勇者が死ぬのは、私を殺したときだけ。
「不死身の勇者をどうやって殺すというんだ?」
 魔法で勇者一行を先日の町へと送る。後は人間達が何とかするだろう。
「作戦変更だ」
 勇者の腕を閉じ込めた水晶柱を背後に、一同に声をかける。
「まずは精霊を叩く。人間達は後だ」
 祖父のやり方で世界征服するのは無理だ。精霊も簡単に紋章を与えられないからこそ、あの女しか紋章を持っていないのだろうが……これ以上、紋章を得た人間が増えれば厄介だ。それに、離反した魔族達のこともある。
「私は休む。作戦が出来上がれば、呼べ」
 勇者は本当に手ごわかった。私は疲弊し、怪我も酷い。しばらく動けそうも無い。私を見下していた部下達は、かしこまっている。認められた、ということだろうか。

 それから一年が過ぎた。
「飴、食べます?」
 魔法使いに手渡され、素直に口の中に放り込む。ベリーの甘い香りが口いっぱいに広がる。魔法使いは飴売りを本業にすれば良さそうなくらい、いつも飴を配ってまわっている。
 勇者の仲間だというのに、この女はあっという間に魔族に友人を作った。この頃は私が留守のときでも魔王城を訪れ、茶飲み友達を増やしているらしい。あの決戦の日が、遠い昔のように思い出される。
「勇者は落ち着いたか?」
 仕事の合間を見つけ、彼女を茶に招いた。私は造反した魔族の相手、精霊連中との会戦とそれまで以上に忙しい。
「見にいらしたらいかがです?」
 剣呑な瞳。それまでの明るい雰囲気は瞬間消えうせる。場に落ちる、重い沈黙。
 勇者は私がサービスでつけてやった腕がよほど気に喰わないらしく、そうとう荒れている。何度か顔を見に行ったが、その度に手負いの獣の如く暴れた。私が新たにつけたその腕では、魔族を傷つけることなど出来ないのに。
「暇ができたなら」
 茶が運ばれてくる。私はストレート。彼女はレモンティー。つかの間、世間話で盛り上がる。

 そして、十年の月日が過ぎた。
 造反した魔族は再び配下に加えたが、精霊との戦争は冷戦状態に突入している。勝機はこちらにあるものの、精霊達はなかなかしぶとい。
 草原を爽やかな風が吹き抜ける。魔王城から少し離れた小高い丘の上に建てられた、勇者たちの住居前。日向ぼっこをする勇者の隣に座り、私はのんびり空を見上げる。
 こんな時間を過ごせるのは、ここ最近になってから。忙しさは昔とあまり変わらないが、手を抜いてもいい場面を見つけること、抜け出すことが上手くなった。
「平和だな」
「そうか?」
 勇者は皮肉な顔で笑う。
「お前をさっさと倒してしまえば、こんな茶番は終わるんだがな」
 私と勇者の目の前で繰り広げられていた戦闘は、勇者側の勝利で終わった。
「あら魔王さま、来てたの」
 魔法使いは相変わらずだ。私が持ってきた菓子を遠慮なく口にし、茶の用意をしに賢者と共に小屋へ入っていく。
「魔王城に特攻かける馬鹿、いないんですか?」
「さぁ、知らないな」
 くたびれきった戦士の言葉に、私は首を振る。戦士が日課としている小屋の増改築の途中、戦闘が始まったらしい。木屑が服についたままだ。
 冷戦状態が続き、平和ボケしたのか、命知らずな馬鹿が魔王城や勇者の元に腕試しにやってくるようになった。勇者や部下達はその相手に忙しい。魔王城に足を踏み入れた人間は、今のところ勇者一行しかいない。この女の人間離れした強さを人間たちは忘れてしまったのだろうか。
 五人でお茶を飲みながら世間話、昔話に花を咲かせる。私は年を取った。魔法使いも戦士も賢者も。ただ一人、勇者だけが年をとらない。それは勇者に与えられた精霊の祝福という名の呪い。
「お前たちを――」
 女は言い直す。
「お前を倒さない限り私は死なない。不老不死と同じことだ」
 そう言って笑う女の横顔が痛々しい。私を倒しても、この女は魔族全てを根絶やしにするまで生き続けるのだろう。私は、この女にとって倒さなければならない魔族の一人に過ぎない。勇者はただの道化、精霊の操り人形だから。
 精霊は時折、人間たちに甘い顔をして祝福や加護を与えるが、決して人間たちの味方というわけではない。人間は精霊達に体よく利用されているだけ。人間たちの多くはそこを理解していない。
 場の雰囲気を変えるためか、魔法使いが私の前で遠慮なく、勇者に尋ねる。
「魔王さまが寿命で死んじゃったらどうするの?」
「――そのときは、次の魔王を倒すさ」
「その前に、」
 私は笑って勇者を見やる。
「私が勇者の呪いを解くさ」
「いつ?」
「もうすぐ」
 精霊の祝福を取り消せるのは、掛けた精霊だけだから。精霊と今、取引をしているところだ。
「それから世界を征服するつもりなんでしょ」
 楽しげに魔法使いが言い、
「そうはいかない」
 勇者が続く。強い光を帯びた瞳。懐かしいなと思いながら、私は微笑んで話題を変える。
 いつまでもこんな時間が続くと良い。それは儚い願い――私はこの人間たちに何を求めているのか。一人、一人と腰を上げ、私と勇者だけが残る。
「でっかい城だな」
 今更気づいたように勇者が言い、魔王城を見つめる。この世界にある、どの城よりも美しい。
「昔、あの城にたった四人で乗り込んできた人間がいたんだ。無茶だと思わないか?」
 私は立ち上がる。私を探しに従者が向ってくるのが見えたからだ。
「もうすぐ日が暮れる。君はまだここにいるのか?」
 女は答えない。
「呪いが解ければ、君に腕を返す。刻み付けられた紋章は消せはしないから、力はあの頃のままだ」
 女は静かに私を見上げる。
「私は、お前を倒さなくちゃならないのか?」
「君は勇者だ」
 魔王と勇者の不変の関係。水を差したのは精霊だ。死なない勇者と魔王、なんとふざけた組み合わせ。
「私は魔王だ」
 改めて言うと、なんだか可笑しい。声を上げて笑ってしまう。祖父なら、精霊など無視して、数年前には世界征服し終わっていただろう。勇者不在の今、この世界を手に入れるのは簡単だから。けれど、私にその気はない。現在魔王である私には。
 女も釣られたのか一緒に笑う。
「そうだな。お前を倒すのは、勇者である私しかいないんだな」
「その時は遠慮なく返り討ちにするさ」
「そうはいかない」
 私と女は笑って別れる。
 女が勇者でいる限り、私は魔王でい続ける。世界征服を阻み、私の命を狙う――女が勇者でいる限り。



『君がいる限り』をご覧いただきありがとうございました。

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