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小さな嫉妬の
 ダイニングテーブルに挟んで座り、歩美は適当にチャンネルを変える。あまり面白い番組も無い。ヴァンパイアは人間のように食事をしない。だから、夕食にあたる時間帯はいつも退屈をもてあます。
「森さん、仕事続けるの?」
「どういうこと?」
 唐突な言葉に、歩美はきょとんと茅ヶ崎を見返す。前のアパートを引き払って茅ヶ崎の部屋に移り住んだのは数日前。通勤時間は大差ない。
「日中、辛くない? 僕がいなくて」
「……別に」
 目をそらし、歩美は否定する。日中、歩美はそれまでと変わらず、会社に出社している。人間としては三十路過ぎだけれど、ヴァンパイアとしては生まれたばかり。常に親である茅ヶ崎のそばにいたい誘惑はある。けれど、これまで築いた人間としての森歩美という存在を消したくも無い。無理をしてでも、今までどおりの生活を守っている。
 茅ヶ崎はため息をつく。ずっと好きだった歩美が、事故というか、過失というか……念願かなって、自分の元に転がり込んできたというのにちっとも、何も進展が無い。一緒に暮らしているといっても同居ではなく、ただのルームメイト。歩美が家賃や光熱費は半分持つと言ってきかないから、ルームシェアしているだけの同居人でしかない。
 ヴァンパイアとしては幼いから、親である自分と常に行動を共にしたい心理状態だろうに、欠片もそんな様子は無い。強がりなのか、孤独が好きなのか。どちらにしろ、当てが外れたというか。ちっとも面白くないというか。
「薬代の捻出も馬鹿にならないし」
 ぽつりと歩美が漏らす。
 薬というのは、ヴァンパイア特有の症状を緩和させる、日中動き回れる薬やら、ニンニクが減っちゃらになる薬のこと。
 ただし、日中動き回らなければ、そう薬代もかからない。日没後、歓楽街を歩き回ればすむ話だ。昔と違い、今は深夜でも活動している人は多い。ラーメン屋付近を避ければ、薬を飲まずとも何とかなる。そう語って聞かせるが、歩美は釈然としない顔で、
「別に獲物を漁らなくても、血液を買えばいい話じゃない」
 ヴァンパイア御用達のショップカタログでも見たのだろう。血液型、人種、年齢、性別など細かに分類された血液一覧表が載ったアレを。確かに、定期的に血液を購入さえしていれば、年中、腹をすかせていることも無いわけなのだが。
「でも、結構かかるよ。食事代」
「狩りよりリスクは少ないでしょ」
 ヴァンパイアとして未熟な歩美は、まだ、獲物を捕らえることが出来ない。茅ヶ崎が獲物から血を吸い、歩美はその茅ヶ崎から血を吸っている。歩美の分も茅ヶ崎は獲物を捕らえなければいけない。親である茅ヶ崎が、子供である歩美の為に狩りをするのは、自然界では不思議なことではない。けれど――
「いつまでも茅ヶ崎の血、吸うわけにいかないわ」
 歩美は目をそらしたまま。
 茅ヶ崎は言葉を失う。好かれていないことはわかっていたけれど、そこまで嫌われているとは思わなかった。確かに、自分がひたすら悪いわけで、歩美が怒るのも無理が無いわけだけれど――でも、歩美の言葉は、子が親へ向ける感情さえも否定しようとしているようで……。
「も、森さん?」
 裏返った声を不信に思ったのか、歩美が茅ヶ崎を見やる。
「何で泣いてんのよ!」
「森さん、僕のこと、そんなに嫌い?」
「何でそういう話になってるの? 私、茅ヶ崎の負担を減らそうと思って言ってあげてるだけなのに」
 涙がぴたりと止まる。
「え?」
「よく考えなさい、自分のリスクを。不審者が出てますって看板、ここ数日で確実に増えてるわよ」
「え?」
「アンタね、自分のやってること、自覚無いわけ? 暗がりで女の子の血を吸うなんて変質者よ、変質者」
「え?」
「そりゃ、獲物は若い女の子が良いんだろうけど。でも、年齢層は広く狙わないと……味に問題があるんだとしても」
 茅ヶ崎はやっと納得いった顔になり、
「森さん、それ違う。僕じゃないよ、不審者って」
「どうしてそう思うの? 誰がどう考えたって茅ヶ崎のことじゃない」
 歩美はむくれる。茅ヶ崎は苦笑しながら、
「だって僕、この辺りで食事することなんて、ほとんど無いし、食事するにしても獲物は年齢・性別問わずだし」
「……じゃあ、あの看板……」
 年齢・性別問わず、という茅ヶ崎の言葉が何度も歩美の脳内で繰り返される。歩美はてっきり、茅ヶ崎は若くて可愛い――女子高生の血ばかり飲んでいるのだと思っていた。茅ヶ崎の血がとても甘くて美味しいから。
「僕じゃない誰か、だよ」
 答えがわかり、茅ヶ崎は嬉しくなる。歩美は焼きもちを焼いていたのだとわかり。
「そう。じゃ、いいのよ」
 歩美は焦った様子で、またチャンネルを変え始める。
「出かけない?」
 照明を切り、茅ヶ崎が誘う。暗闇の中、ブラウン管の灯りに照らされた茅ヶ崎は美しい。歩美は魅入られたように手を取り、立ち上がる――。



『小さな嫉妬の』をご覧いただきありがとうございました。

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