スノーホワイト(2/2)
「予定よりちょっと多く出来そうなんですが……」
「あ、そうなの?」
「メイが結構頑張ってたみたいで」
お嬢が寝込んでいたときに……と小さく口にしながら私の背後――シヅの様子をうかがっているジンさん。
「大丈夫ですか?」
「……何とかしなきゃなんないんだけど……メイさんがたじろぐような人間って、どう対処すればいいと思う?」
シヅをちらりと見て、目に涙をためるジンさん。
泣きたいのはこっちなのに。
「何とかするから――でも、最悪の場合には……覚悟しといてね」
ジンさんのもとをはなれてシヅのところに戻る。
「帰れって言っても、帰らないわよね?」
「うん」
当たり前だといわんばかりの表情。質問も山いっぱいってその目は嫌いだ。
「じゃあ……しっかり働いてもらうことになると思うから、よろしくね」
「さっきの――」
「質問も全部、夜に回してくれる? 私はこれから寝なきゃならないんだから」
「まだ、お昼過ぎだけど?」
「これから夜まではお昼寝タイム。徹夜になるから寝ておかないと後がつらいの」
言い置いて、家の中に入る。シヅが後ろからついてきたので、客間に案内しておいて、私は無理やり眠りについた。
目が覚めると夜だった。
カチリと、念のために掛けておいた目覚し時計のベルが鳴る三十分も前にとめる。
『血が騒ぐ』って表現がぴったり合うのが今の気分。眠っているとき夢を見た。初めて爺ちゃんの仕事を手伝ったあの日の夢を。今でもあの興奮と感動を思い出すとウズウズする。
寒いしもうちょっと時間があるなぁと布団の中で身じろぎしていると、ふと戸口に人の気配を感じ、
「誰?」
声を掛ける。
「起きた?」
予想していなかった少女の声。どこかで聴いた事のある声に首をひねり――
「シヅっ!?」
ガバリと布団から抜け出す。
何でこんなとこにと言いかけて、そう言えばと思い出す。夕方、何の説明もせずシヅを客間に通しておいて、自分はさっさと寝るために部屋に引き上げたのだ。
シヅの手元にはカップにお皿があるところを見ると、ジンさんが気を利かせて差し入れを出したのだろう。
「目覚ましが十一時にセットしてあったから、あなたが起きるの待ってたの。こんな時間から何をするの?」
口調がいつもの『可愛らしい』シヅじゃない。年相応の言葉遣い。こういうときは大抵怒っている。
「あのね、」
と声をあげかけたもののどこから説明すればいいのかがわからない。それに口で説明するよりも見たほうがわかりやすい訳だし。
「すぐにわかるよ」
言いつつ着替える。あの夜とは違って、きちんとした防寒着に。
ちらりとハンガーにかかってる真っ黒のロングコートにため息をつき、それを手にとる。爺ちゃんが生前、プレゼントしてくれたやつだ。裾に黒い毛《ファー》がついているシンプルだが洒落たデザインのそれは物が良いらしくかなり暖かい。
遠赤の婆シャツにアンゴラの薄手セーターを二枚。背中にカイロを貼り付けて、この間買ったばかりのNASA開発の超薄手毛布と、コートとおそろいの帽子と手袋を持って部屋を出る。
「お嬢……」
階段を下りたところでジンさんに手招きされる。
「あのぉ――」
言いづらそうなジンさんの顔。シヅに聞こえないよう声を落として、
「何? あれ、出来てないの?」
「いえ、出来てます――そうじゃなくて……」
ちらりと私の後ろをついてきているシヅを見やる。
「彼女にはアシスタントしてもらう」
ため息と共に小さな声を吐き出す。
唖然とした顔のジンさん。
「だって、仕方ないでしょ? 説得できる? メイさんも言い含められるような相手を!」
逆切れだってのはよくわかってるけれど、どうしようもないんだから、説明を求めないで欲しい。
「……お嬢ぉ」
だから泣きたいのはこっちだってば。
意味をこめてちらりと睨み付け、私は荷物を客車車輛に詰め込むために外に出る。生まれたばかりの雛鳥のように私の後をシヅがついてくる。
「シヅ、私、今から仕事なの」
「アシスタントって何の?」
そうとう声を落としていたのに聞こえたらしい。
「説明してる時間はないから荷物運び手伝ってくれる?」
「わかった」
手にもっていた毛布なんかをシヅに手渡し、私はジンさんが作業場から運び出した白い袋を一つ持ち抱える。
「これをあの客車車輛の中に全部積み込まないといけないから」
歩きながら言う。見た目よりは重くない、けれどいっぺんに二つはもてない。シヅの協力もあり、数往復で袋の積み込みが終わる。
「シヅ、こっち来て」
家の中で一番暗くて寒い場所、卵を置いた場所へとシヅを連れてゆく。
卵には罅《ひび》が入り、中からうっすらと銀色の光が漏れていた。
「……これ、何?」
さすがに驚いた様子のシヅが声をあげ、私の横顔を見やる。
「もうすぐわかるよ」
私は卵から目を離せない。何度見ても見飽きないくらい、『隊長』が卵から孵《かえ》る場面は綺麗で感動的だ。
見る間に罅割《ひびわ》れは大きくなり、漏れる光の量も増す。銀色の光の線が徐々に七色の帯になり、金色の光の渦へと変わる。
「隊長」
ほぅと息を呑みつつ、呼びかける。
卵から孵《かえ》ったそれはバタバタと姿勢を正そうと空中をもがいている。見る間に大きくなるその姿。白く輝く胴体、銀色の鬣《たてがみ》、真白の翼。
「――ペガサス?」
シヅの声。驚いたって様子はしているものの神話上の生物を目の前にして、この程度の驚き様で済ませられるなんてシヅの神経の図太さってどのくらいのものだろう。私が初めて隊長を見たときの狼狽振りを思い出して苦々しく笑い返す。
ぶるりと体を震わせて、隊長は馬らしく一声、嘶《いなな》いた後、
「よぉ寝た」
と大きく伸びをする。メイさんたちと同じアクセントの発音。どうしてこの容姿で標準語をしゃべらないんだろう。
「あのさ、」
シヅが声をあげるのと隊長が声をあげたのはほぼ同時だった。
「仕事ってなんなの?」
「なんじゃこの娘っ子は?」
両方が私に説明しろ目線を向ける。私はため息を一つつき、
「シヅ、仕事の説明は後でね。隊長、こっちはシヅ。今年からアシスタントをしてもらうことにしたの。シヅ、こっちは隊長。見ての通りのペガサスよ」
隊長とシヅは顔を見合い、とりあえずはと言った様子で互いに挨拶しあう。
「じゃ、挨拶も済ませたところで仕事始めと行きますか!」
何か言いたげなシヅと隊長を尻目に私は客車車輛を車庫から出そうとしているジンさんとメイさんの手伝いに向かう。
「あんたほんまあの娘《こ》、アシスタントにする気なん?」
メイさんがため息混じりに言う。シヅを見ようともしないあたり、好いていないことが伺える。
「他に良い方法がありますか? シヅを五分で納得させることができるような現状説明の文句とか」
「……思いつかん」
メイさんしては珍しい言葉。嫌味をいい始めたら百科事典をひっくり返すくらいしゃべる人なのに。
「なんや……あの娘苦手や」
ぼそりとした呟きに私は苦笑する。
数分かかって客車車輛を運び出し、隊長にくくりつける。隊長は例年のごとく、
「昔の箱馬車が懐かしいわ」
しみじみと呟く。箱馬車と客車車輛、軽いのはどちらでしょう?と問うが如く。
「箱馬車なんてどこに売ってんねんな、今の時代。寝言言うとらんでしっかり働きや」
メイさんと隊長は毎年同じ台詞《せりふ》を言い合ってる。私の記憶してる限り。
「お前にはわからんじゃろうが、こいつは重すぎる。ユキのヤツが……ユキは?」
不満を吐露《とろ》しかけて隊長は不信げにあたりを見渡す。
ユキってのは爺ちゃんの愛称。ユキノスケが長くて言いづらいから、みんな爺ちゃんのことをユキと呼んでいた。
「爺ちゃんなら去年の暮れに死んだ」
「……死んだ? ユキがか?」
隊長が眼を見開いている。ただでさえ大きな瞳がさらに開かれて、受けたその衝撃の大きさが伝わってくる。隊長と爺ちゃんは兄弟みたいなものだって死ぬ前に爺ちゃん自身が言っていた。
「死んだのか、ユキも」
隊長は悲しそうにつぶやくも、キリっと私のほうを見て、
「ほんなら、改めてよろしゅぅ頼むわ」
人間で言うところのにやりとした笑みを浮かべてみせる。馬面でされても気味が悪いだけだけれど。
私は返事の変わりに隊長の顔をぽんぽんと叩き、台所へ足を向ける。
ペガサスの寿命は長い。隊長は何人の人間を今まで相棒にしてきたんだろう。そして何人の人間が相棒になるんだろう。
隊長が数人の名前を呟き、
「――ユキも死んだのか」
台詞を棒読みしているような声だった。
台所には例年通り黒い、旅行かばんというよりもスーツケースに似たカバンが置いてあった。
「弁当入れときました」
ジンさんが私にそれを渡しながら言う。
「爺ちゃんもいないし、今年は普通のカバンでも良かったんじゃない?」
弁当を入れるにはこのカバンは入れにくい。
「ええやん、ユキがせっかくあんたに買《こ》うてくれたもんなんやから」
「……そうですよ、ユキ、めっちゃ喜んでたやないですか……」
コート、帽子、手袋、カバン。この四点セットを渡されたのは爺ちゃんが死ぬ少し前。あのアニメの再放送を見た直後だったから、私はすぐにこれらが何を意図するのかに気づいたけれど、爺ちゃん孝行のつもりで黙って受け取った。
けれどその頃、肩より十センチくらい長めのロングヘアにしていた私は翌日にはベリーショートに髪を切った。爺ちゃんがすごく寂しそうな顔をしていたけれど、こればかりは譲れないというか……私の気持ちにもなって欲しい。
ジンさんとメイさんはあのアニメを見たことがないらしく、この格好をした私に『似合う』と繰り返していたが、私は仕事のとき以外、この四点セットは使わないことにしている。
「あれ、全部まいてもいいの?」
積み込んだ荷物の事を聞く。
「半分くらいにしとき」
メイさんは楽しそうに笑いながら答える。こういう顔をしたメイさんの言葉は信用ならない。
「ジンさん?」
「三分の一くらい……」
メイさんを横目に見つつ、ジンさんは答える。やはりメイさんの言うことは信用ならない。
客車に乗り込み、隊長に窓から声を掛ける。
「出発進行!」
「行くでっ」
隊長は鼻息荒く気合を込めると、天に向かって駆け出した。重いはずの客車車輛が隊長に引かれてふわりと浮き上がる。
夜空に向かって駆け上がるペガサスと真っ黒な客車車輛。もし目撃したとしてもあまりにもおかしな光景に、誰もが見なかったことにするだろう。
遠く、小さくなってゆく街の明かり。私はうっとりとそれを見下ろす。空に輝く星星も綺麗だけれど、街の明かりも負けていない。
「ねぇ」
掛けられた声に、シヅの存在を思い出す。
私と向かい合うように座ったシヅは、まじめな顔で、
「いい加減説明してくれても良いんじゃない?」
眼が怖い。
「えぇっと、どこから話せば良いものか――」
「全部よ」
間髪いれず言葉をはさむシヅ。そうとう頭に来ているのだろう。
「ぜ、全部って言ってもね……」
おろおろと周囲を見渡す私を誰もとがめないで欲しい。私は説明するとか、論理的に話すってことが大の苦手だ。
「うちの家業を継いだの」
やっとそれだけ口にした。
「家業って?」
「これ」
「これって?」
「今やってること」
「……説明になってないんだけど?」
私もそう思う。けれどこの現実離れした家業の全てを説明するための文句が浮かばない。
「もうちょっとしたら全部わかるよ」
私はあいまいに微笑み、窓の外を見つめた。シヅが私の横顔をじっと見つめているけれど、それには気づかないふりをして。
なだらかな丘を登る様に上昇していた客車車両は、ゆっくりと一定の高度で螺旋《らせん》を描くように旋回し始めた。
「さて、終点ってところかな?」
私は窓から視線をはずす。
「シヅ、手伝って」
席を立ち、後ろの扉を両方開ける。ビュゥゥと渦巻く冷たい冬の風。足元にははるか下に輝く街の光。
「白い袋の中身をここらか撒くの。危ないから気をつけてね」
言いながら袋を一つ、手渡す。
受け取った袋を開けて、シヅは不思議そうな顔をする。中には銀色に輝くパウダー。
「撒くって……これ、何?」
「素ってやつよ」
ふふふ……と笑いながら私はそれを撒き始める。ここまできたら種明かしだなんて野暮なまねはしないほうが無難だ。
私の手から離れたパウダーは拡散し、風に撒かれてゆっくり街へと降りしきる。
私と同じように反対側のドアのところからパウダーを撒いていたシヅは、恐る恐ると言った様子で声を上げる。
「これ、もしかして雪?」
にやりと頬が緩むのを止められない。
数年前、私が同じセリフを口にしたとき、爺ちゃんがしていた顔と同じものだろう。だから同じセリフを返す。
「そう。雪の素だよ」
パウダーは冬の冷気を身にまとい、徐々に雪の結晶へと姿を変えて夜の街へと降り積もってゆく。
「雪……これが……」
シヅはパウダーを手に乗せ、まじまじと見つめている。あのときの私と同じ反応。
私はしっかり毛布を巻きつけて、夜の闇の中にパウダーが広がっていく様子を見つめる。いつ見ても幻想的。何度見ても綺麗。
あっという間に袋一つが空《から》になる。私は手近な袋を解き、再びそれを撒き始める。
一時間ばかりそうしていただろうか。
「今日はもうやめにしようか」
と、振り向いたときには遅すぎた。
そこに山のように残っていなければならない袋は、すでに一つも残っていなかったのだから。
「……シヅ?」
「ものすごく綺麗ね、これ!」
感極まったって風なシヅ。そのそばに置かれた中身の無い袋の数が尋常じゃない。
顔から血が音を立てて引いてゆく。
「もしかして……撒いたの? 全部……」
うまく言葉が紡《つむ》げない。頭の中を記憶とも呼べない何かがマッハで通り抜けて行く。私の頭はそれが何であるのか理解しようと働くこともない。
―――あ、私は今、混乱してる。
冷静な自分の分析に、やっと反応できたのは乾いた笑い声を漏らすことだけ。
それをどう受け取ったのかシヅは可愛らしい笑みを浮かべ、
「撒くんでしょ?」
――三分の一だけ。
って言葉は喉から上にはでて来なかった。
―――覆水は盆に返らず
どこかで聞いた言葉だ。今の状態はまさにそれ。どこでだったっけ? なんて考えているうちに私は意識を失った。
***
「なんやねんな!!」
耳元でそう叫ばれて、重い意識からようよう抜け出す。
「……何?」
私の頭はまだ眠ってる。昨日というより今日、明け方まで起きていたものだから、目を覚ますのが辛い。頭、というよりも意識が重い。
枕元に鬼の形相でメイさんが立っているのを認識する。メイさんは私の部屋に入ってこない。作業場か、茶の間が彼女の生息領域だ。
「さっと起きて外見て見ぃや」
苦々しい言葉とともに布団を剥ぎ取られる。冷気に私の体は縮こまるが、眠気は強力で起きる気力などおきない。
「外……?」
何とか答えつつも、もぞもぞと暖かい場所を求める。
「起きんか!」
再び耳元で怒鳴られて、いやいや私は起き上がる。
ベットの近くについてる窓を開けるが、その動作はゆるゆるとしたもの。メイさんは私の一挙手一投足を三白眼で見ているが、目覚めていない私には何の意味も無い。
窓の外には見慣れない景色が広がっていた。黒いはずのうちの瓦屋根は真っ白。隣の家の屋根も、向こうの家の屋根も。この時期ならば薄い灰色掛かったているはずの空も真っ白。
「……白……?」
小さな呟きだったが、メイさんがピクリと眉を吊り上げる。
「雪や! なんやねんなこの量は!!」
「まだ降ってる――」
のほほんとした響きの私の言葉とは裏腹に、メイさんはテンションをあげる。
「そうや。あんたどれだけ撒いてん? まさか、全部とか言わんわな」
嘲笑するような顔。
そういえばと思い出す。
「シヅが――」
「まさか全部撒いたんか?」
こくり、と首を縦に振る。あの後何かがあったはずだが……。
「アホかーーーーーー!!」
街中に響きそうな絶叫をあげた。
全身が総毛立つ。耳がキィンとなったまましばらく何も聞こえない。メイさんが私の両肩を押さえ込み、乱暴にゆすりながら何かを訴えているが、何も聞こえない。
しばらくしてジンさんが現れ、メイさんを引き離してくれた。私は妙な疲れと、引きずり込まれるような眠りが押し寄せてくるのを感じた。
「もうちょっと寝かせて……」
布団をずるずるとかけなおして、次に目覚めたのは昼過ぎだった。
***
「お早う!」
テンション高い少女の声。
誰の声だっけ? と考え込んで、ガバリと身を起こす。
「シヅ!」
「お早う!」
再び同じ声。目の前にはピンクのざっくりしたセーターに、チェックのスカート姿のシヅ。いつ見ても、同年代だというのになぜにこんな服が着こなせるのか問いただしたくなる。
「面白かったね、昨日ってより今朝」
夢見ごこちな様子。
その姿は可愛いが、やったことは可愛くない。どうやってシヅにそれを怒ろうかと考えていたところで、
「大変だったんだよ、あの後」
「……あの後?」
「倒れたでしょ?」
言われて今朝方の記憶が途中までしかないことに思い当たる。
「そういえば――」
私は起きたときにはきちんとベッドに寝ていた。服は――今朝方の服のままだけれど。
「あの後どうなったの?」
隊長は慣れているから何とか帰ることはできただろうけれど、倒れた私をここまで運ぶには……眠ってたメイさんとジンさんを起こしたのだろうか?
疑問はすぐに払拭された。
「私、こう見えても力持ちなのよ」
「……シヅがここまで運んでくれたってこと?」
「うち農家でしょ? 手伝いで米俵運んだりもするから意外と力あるのよ」
と、両腕で力瘤《ちからこぶ》を作って笑う。
セーターの上からじゃ見えないけれど、触って確認しようなんて思わなかった。可愛らしい子が筋肉むきむきなんて姿を想像したく無い。
私は引きつった笑みを浮かべながら、礼を言う。
「ありがとう」
「で、次はいつになるの?」
「……次?」
何のことかわからなかった。
「私、アシスタントなんだよね?」
私がそう宣言したことを思い出す。時が戻せるならば、あのときの私の頭にハリセンでも叩きつけてやりたい。
「次も絶対手伝ってあげるから!」
嬉しそうにシヅは言う。無邪気そうな笑顔が非常に可愛らしい。が、それに騙されてはいけない事は今わかった。
「次はいつなの?」
せかされる様に尋ねられ、頭を今朝のメイさんの顔がよぎった。
「たぶん、来年。この冬撒く予定だった雪は全部撒いちゃったみたいだから」
誰が、と言わないところが私が大人な証拠。
「えぇ~もう無いの?」
「メイさんとジンさんが今、作ってるはず――どこ行くの?」
シヅはドアを乱暴に開けて駆け出してゆく。
「作ってるとこ見せてもらう!」
声は部屋の外から響いてきた。
そして、下の階からはメイさんの怒鳴り声、ジンさんの泣き声、シヅの嬉しそうな声が響いてきた。
私は大きく息を吐いてから起き上がる。
さっさと服を着替えておいたほうがいいだろう。十分もしないうちにメイさんが怒鳴り込み、ジンさんが泣きながらやってくるだろうから。
「でも、なんか楽しいかも」
全ての音を消し、全ての色を飲み込んで降り注ぐ雪。
素を巻くのは楽しいけれど、冬も雪の日も大嫌いだった。けれど、好きになれるかもしれない。
窓の外をもう一度見つめ、白い景色にため息をつく。
メイさんもジンさんもシヅも変わっているけれど、自分が一番変わっているのかも知れない。
終
『スノーホワイト』をご覧いただきありがとうございました。
「あ、そうなの?」
「メイが結構頑張ってたみたいで」
お嬢が寝込んでいたときに……と小さく口にしながら私の背後――シヅの様子をうかがっているジンさん。
「大丈夫ですか?」
「……何とかしなきゃなんないんだけど……メイさんがたじろぐような人間って、どう対処すればいいと思う?」
シヅをちらりと見て、目に涙をためるジンさん。
泣きたいのはこっちなのに。
「何とかするから――でも、最悪の場合には……覚悟しといてね」
ジンさんのもとをはなれてシヅのところに戻る。
「帰れって言っても、帰らないわよね?」
「うん」
当たり前だといわんばかりの表情。質問も山いっぱいってその目は嫌いだ。
「じゃあ……しっかり働いてもらうことになると思うから、よろしくね」
「さっきの――」
「質問も全部、夜に回してくれる? 私はこれから寝なきゃならないんだから」
「まだ、お昼過ぎだけど?」
「これから夜まではお昼寝タイム。徹夜になるから寝ておかないと後がつらいの」
言い置いて、家の中に入る。シヅが後ろからついてきたので、客間に案内しておいて、私は無理やり眠りについた。
目が覚めると夜だった。
カチリと、念のために掛けておいた目覚し時計のベルが鳴る三十分も前にとめる。
『血が騒ぐ』って表現がぴったり合うのが今の気分。眠っているとき夢を見た。初めて爺ちゃんの仕事を手伝ったあの日の夢を。今でもあの興奮と感動を思い出すとウズウズする。
寒いしもうちょっと時間があるなぁと布団の中で身じろぎしていると、ふと戸口に人の気配を感じ、
「誰?」
声を掛ける。
「起きた?」
予想していなかった少女の声。どこかで聴いた事のある声に首をひねり――
「シヅっ!?」
ガバリと布団から抜け出す。
何でこんなとこにと言いかけて、そう言えばと思い出す。夕方、何の説明もせずシヅを客間に通しておいて、自分はさっさと寝るために部屋に引き上げたのだ。
シヅの手元にはカップにお皿があるところを見ると、ジンさんが気を利かせて差し入れを出したのだろう。
「目覚ましが十一時にセットしてあったから、あなたが起きるの待ってたの。こんな時間から何をするの?」
口調がいつもの『可愛らしい』シヅじゃない。年相応の言葉遣い。こういうときは大抵怒っている。
「あのね、」
と声をあげかけたもののどこから説明すればいいのかがわからない。それに口で説明するよりも見たほうがわかりやすい訳だし。
「すぐにわかるよ」
言いつつ着替える。あの夜とは違って、きちんとした防寒着に。
ちらりとハンガーにかかってる真っ黒のロングコートにため息をつき、それを手にとる。爺ちゃんが生前、プレゼントしてくれたやつだ。裾に黒い毛《ファー》がついているシンプルだが洒落たデザインのそれは物が良いらしくかなり暖かい。
遠赤の婆シャツにアンゴラの薄手セーターを二枚。背中にカイロを貼り付けて、この間買ったばかりのNASA開発の超薄手毛布と、コートとおそろいの帽子と手袋を持って部屋を出る。
「お嬢……」
階段を下りたところでジンさんに手招きされる。
「あのぉ――」
言いづらそうなジンさんの顔。シヅに聞こえないよう声を落として、
「何? あれ、出来てないの?」
「いえ、出来てます――そうじゃなくて……」
ちらりと私の後ろをついてきているシヅを見やる。
「彼女にはアシスタントしてもらう」
ため息と共に小さな声を吐き出す。
唖然とした顔のジンさん。
「だって、仕方ないでしょ? 説得できる? メイさんも言い含められるような相手を!」
逆切れだってのはよくわかってるけれど、どうしようもないんだから、説明を求めないで欲しい。
「……お嬢ぉ」
だから泣きたいのはこっちだってば。
意味をこめてちらりと睨み付け、私は荷物を客車車輛に詰め込むために外に出る。生まれたばかりの雛鳥のように私の後をシヅがついてくる。
「シヅ、私、今から仕事なの」
「アシスタントって何の?」
そうとう声を落としていたのに聞こえたらしい。
「説明してる時間はないから荷物運び手伝ってくれる?」
「わかった」
手にもっていた毛布なんかをシヅに手渡し、私はジンさんが作業場から運び出した白い袋を一つ持ち抱える。
「これをあの客車車輛の中に全部積み込まないといけないから」
歩きながら言う。見た目よりは重くない、けれどいっぺんに二つはもてない。シヅの協力もあり、数往復で袋の積み込みが終わる。
「シヅ、こっち来て」
家の中で一番暗くて寒い場所、卵を置いた場所へとシヅを連れてゆく。
卵には罅《ひび》が入り、中からうっすらと銀色の光が漏れていた。
「……これ、何?」
さすがに驚いた様子のシヅが声をあげ、私の横顔を見やる。
「もうすぐわかるよ」
私は卵から目を離せない。何度見ても見飽きないくらい、『隊長』が卵から孵《かえ》る場面は綺麗で感動的だ。
見る間に罅割《ひびわ》れは大きくなり、漏れる光の量も増す。銀色の光の線が徐々に七色の帯になり、金色の光の渦へと変わる。
「隊長」
ほぅと息を呑みつつ、呼びかける。
卵から孵《かえ》ったそれはバタバタと姿勢を正そうと空中をもがいている。見る間に大きくなるその姿。白く輝く胴体、銀色の鬣《たてがみ》、真白の翼。
「――ペガサス?」
シヅの声。驚いたって様子はしているものの神話上の生物を目の前にして、この程度の驚き様で済ませられるなんてシヅの神経の図太さってどのくらいのものだろう。私が初めて隊長を見たときの狼狽振りを思い出して苦々しく笑い返す。
ぶるりと体を震わせて、隊長は馬らしく一声、嘶《いなな》いた後、
「よぉ寝た」
と大きく伸びをする。メイさんたちと同じアクセントの発音。どうしてこの容姿で標準語をしゃべらないんだろう。
「あのさ、」
シヅが声をあげるのと隊長が声をあげたのはほぼ同時だった。
「仕事ってなんなの?」
「なんじゃこの娘っ子は?」
両方が私に説明しろ目線を向ける。私はため息を一つつき、
「シヅ、仕事の説明は後でね。隊長、こっちはシヅ。今年からアシスタントをしてもらうことにしたの。シヅ、こっちは隊長。見ての通りのペガサスよ」
隊長とシヅは顔を見合い、とりあえずはと言った様子で互いに挨拶しあう。
「じゃ、挨拶も済ませたところで仕事始めと行きますか!」
何か言いたげなシヅと隊長を尻目に私は客車車輛を車庫から出そうとしているジンさんとメイさんの手伝いに向かう。
「あんたほんまあの娘《こ》、アシスタントにする気なん?」
メイさんがため息混じりに言う。シヅを見ようともしないあたり、好いていないことが伺える。
「他に良い方法がありますか? シヅを五分で納得させることができるような現状説明の文句とか」
「……思いつかん」
メイさんしては珍しい言葉。嫌味をいい始めたら百科事典をひっくり返すくらいしゃべる人なのに。
「なんや……あの娘苦手や」
ぼそりとした呟きに私は苦笑する。
数分かかって客車車輛を運び出し、隊長にくくりつける。隊長は例年のごとく、
「昔の箱馬車が懐かしいわ」
しみじみと呟く。箱馬車と客車車輛、軽いのはどちらでしょう?と問うが如く。
「箱馬車なんてどこに売ってんねんな、今の時代。寝言言うとらんでしっかり働きや」
メイさんと隊長は毎年同じ台詞《せりふ》を言い合ってる。私の記憶してる限り。
「お前にはわからんじゃろうが、こいつは重すぎる。ユキのヤツが……ユキは?」
不満を吐露《とろ》しかけて隊長は不信げにあたりを見渡す。
ユキってのは爺ちゃんの愛称。ユキノスケが長くて言いづらいから、みんな爺ちゃんのことをユキと呼んでいた。
「爺ちゃんなら去年の暮れに死んだ」
「……死んだ? ユキがか?」
隊長が眼を見開いている。ただでさえ大きな瞳がさらに開かれて、受けたその衝撃の大きさが伝わってくる。隊長と爺ちゃんは兄弟みたいなものだって死ぬ前に爺ちゃん自身が言っていた。
「死んだのか、ユキも」
隊長は悲しそうにつぶやくも、キリっと私のほうを見て、
「ほんなら、改めてよろしゅぅ頼むわ」
人間で言うところのにやりとした笑みを浮かべてみせる。馬面でされても気味が悪いだけだけれど。
私は返事の変わりに隊長の顔をぽんぽんと叩き、台所へ足を向ける。
ペガサスの寿命は長い。隊長は何人の人間を今まで相棒にしてきたんだろう。そして何人の人間が相棒になるんだろう。
隊長が数人の名前を呟き、
「――ユキも死んだのか」
台詞を棒読みしているような声だった。
台所には例年通り黒い、旅行かばんというよりもスーツケースに似たカバンが置いてあった。
「弁当入れときました」
ジンさんが私にそれを渡しながら言う。
「爺ちゃんもいないし、今年は普通のカバンでも良かったんじゃない?」
弁当を入れるにはこのカバンは入れにくい。
「ええやん、ユキがせっかくあんたに買《こ》うてくれたもんなんやから」
「……そうですよ、ユキ、めっちゃ喜んでたやないですか……」
コート、帽子、手袋、カバン。この四点セットを渡されたのは爺ちゃんが死ぬ少し前。あのアニメの再放送を見た直後だったから、私はすぐにこれらが何を意図するのかに気づいたけれど、爺ちゃん孝行のつもりで黙って受け取った。
けれどその頃、肩より十センチくらい長めのロングヘアにしていた私は翌日にはベリーショートに髪を切った。爺ちゃんがすごく寂しそうな顔をしていたけれど、こればかりは譲れないというか……私の気持ちにもなって欲しい。
ジンさんとメイさんはあのアニメを見たことがないらしく、この格好をした私に『似合う』と繰り返していたが、私は仕事のとき以外、この四点セットは使わないことにしている。
「あれ、全部まいてもいいの?」
積み込んだ荷物の事を聞く。
「半分くらいにしとき」
メイさんは楽しそうに笑いながら答える。こういう顔をしたメイさんの言葉は信用ならない。
「ジンさん?」
「三分の一くらい……」
メイさんを横目に見つつ、ジンさんは答える。やはりメイさんの言うことは信用ならない。
客車に乗り込み、隊長に窓から声を掛ける。
「出発進行!」
「行くでっ」
隊長は鼻息荒く気合を込めると、天に向かって駆け出した。重いはずの客車車輛が隊長に引かれてふわりと浮き上がる。
夜空に向かって駆け上がるペガサスと真っ黒な客車車輛。もし目撃したとしてもあまりにもおかしな光景に、誰もが見なかったことにするだろう。
遠く、小さくなってゆく街の明かり。私はうっとりとそれを見下ろす。空に輝く星星も綺麗だけれど、街の明かりも負けていない。
「ねぇ」
掛けられた声に、シヅの存在を思い出す。
私と向かい合うように座ったシヅは、まじめな顔で、
「いい加減説明してくれても良いんじゃない?」
眼が怖い。
「えぇっと、どこから話せば良いものか――」
「全部よ」
間髪いれず言葉をはさむシヅ。そうとう頭に来ているのだろう。
「ぜ、全部って言ってもね……」
おろおろと周囲を見渡す私を誰もとがめないで欲しい。私は説明するとか、論理的に話すってことが大の苦手だ。
「うちの家業を継いだの」
やっとそれだけ口にした。
「家業って?」
「これ」
「これって?」
「今やってること」
「……説明になってないんだけど?」
私もそう思う。けれどこの現実離れした家業の全てを説明するための文句が浮かばない。
「もうちょっとしたら全部わかるよ」
私はあいまいに微笑み、窓の外を見つめた。シヅが私の横顔をじっと見つめているけれど、それには気づかないふりをして。
なだらかな丘を登る様に上昇していた客車車両は、ゆっくりと一定の高度で螺旋《らせん》を描くように旋回し始めた。
「さて、終点ってところかな?」
私は窓から視線をはずす。
「シヅ、手伝って」
席を立ち、後ろの扉を両方開ける。ビュゥゥと渦巻く冷たい冬の風。足元にははるか下に輝く街の光。
「白い袋の中身をここらか撒くの。危ないから気をつけてね」
言いながら袋を一つ、手渡す。
受け取った袋を開けて、シヅは不思議そうな顔をする。中には銀色に輝くパウダー。
「撒くって……これ、何?」
「素ってやつよ」
ふふふ……と笑いながら私はそれを撒き始める。ここまできたら種明かしだなんて野暮なまねはしないほうが無難だ。
私の手から離れたパウダーは拡散し、風に撒かれてゆっくり街へと降りしきる。
私と同じように反対側のドアのところからパウダーを撒いていたシヅは、恐る恐ると言った様子で声を上げる。
「これ、もしかして雪?」
にやりと頬が緩むのを止められない。
数年前、私が同じセリフを口にしたとき、爺ちゃんがしていた顔と同じものだろう。だから同じセリフを返す。
「そう。雪の素だよ」
パウダーは冬の冷気を身にまとい、徐々に雪の結晶へと姿を変えて夜の街へと降り積もってゆく。
「雪……これが……」
シヅはパウダーを手に乗せ、まじまじと見つめている。あのときの私と同じ反応。
私はしっかり毛布を巻きつけて、夜の闇の中にパウダーが広がっていく様子を見つめる。いつ見ても幻想的。何度見ても綺麗。
あっという間に袋一つが空《から》になる。私は手近な袋を解き、再びそれを撒き始める。
一時間ばかりそうしていただろうか。
「今日はもうやめにしようか」
と、振り向いたときには遅すぎた。
そこに山のように残っていなければならない袋は、すでに一つも残っていなかったのだから。
「……シヅ?」
「ものすごく綺麗ね、これ!」
感極まったって風なシヅ。そのそばに置かれた中身の無い袋の数が尋常じゃない。
顔から血が音を立てて引いてゆく。
「もしかして……撒いたの? 全部……」
うまく言葉が紡《つむ》げない。頭の中を記憶とも呼べない何かがマッハで通り抜けて行く。私の頭はそれが何であるのか理解しようと働くこともない。
―――あ、私は今、混乱してる。
冷静な自分の分析に、やっと反応できたのは乾いた笑い声を漏らすことだけ。
それをどう受け取ったのかシヅは可愛らしい笑みを浮かべ、
「撒くんでしょ?」
――三分の一だけ。
って言葉は喉から上にはでて来なかった。
―――覆水は盆に返らず
どこかで聞いた言葉だ。今の状態はまさにそれ。どこでだったっけ? なんて考えているうちに私は意識を失った。
***
「なんやねんな!!」
耳元でそう叫ばれて、重い意識からようよう抜け出す。
「……何?」
私の頭はまだ眠ってる。昨日というより今日、明け方まで起きていたものだから、目を覚ますのが辛い。頭、というよりも意識が重い。
枕元に鬼の形相でメイさんが立っているのを認識する。メイさんは私の部屋に入ってこない。作業場か、茶の間が彼女の生息領域だ。
「さっと起きて外見て見ぃや」
苦々しい言葉とともに布団を剥ぎ取られる。冷気に私の体は縮こまるが、眠気は強力で起きる気力などおきない。
「外……?」
何とか答えつつも、もぞもぞと暖かい場所を求める。
「起きんか!」
再び耳元で怒鳴られて、いやいや私は起き上がる。
ベットの近くについてる窓を開けるが、その動作はゆるゆるとしたもの。メイさんは私の一挙手一投足を三白眼で見ているが、目覚めていない私には何の意味も無い。
窓の外には見慣れない景色が広がっていた。黒いはずのうちの瓦屋根は真っ白。隣の家の屋根も、向こうの家の屋根も。この時期ならば薄い灰色掛かったているはずの空も真っ白。
「……白……?」
小さな呟きだったが、メイさんがピクリと眉を吊り上げる。
「雪や! なんやねんなこの量は!!」
「まだ降ってる――」
のほほんとした響きの私の言葉とは裏腹に、メイさんはテンションをあげる。
「そうや。あんたどれだけ撒いてん? まさか、全部とか言わんわな」
嘲笑するような顔。
そういえばと思い出す。
「シヅが――」
「まさか全部撒いたんか?」
こくり、と首を縦に振る。あの後何かがあったはずだが……。
「アホかーーーーーー!!」
街中に響きそうな絶叫をあげた。
全身が総毛立つ。耳がキィンとなったまましばらく何も聞こえない。メイさんが私の両肩を押さえ込み、乱暴にゆすりながら何かを訴えているが、何も聞こえない。
しばらくしてジンさんが現れ、メイさんを引き離してくれた。私は妙な疲れと、引きずり込まれるような眠りが押し寄せてくるのを感じた。
「もうちょっと寝かせて……」
布団をずるずるとかけなおして、次に目覚めたのは昼過ぎだった。
***
「お早う!」
テンション高い少女の声。
誰の声だっけ? と考え込んで、ガバリと身を起こす。
「シヅ!」
「お早う!」
再び同じ声。目の前にはピンクのざっくりしたセーターに、チェックのスカート姿のシヅ。いつ見ても、同年代だというのになぜにこんな服が着こなせるのか問いただしたくなる。
「面白かったね、昨日ってより今朝」
夢見ごこちな様子。
その姿は可愛いが、やったことは可愛くない。どうやってシヅにそれを怒ろうかと考えていたところで、
「大変だったんだよ、あの後」
「……あの後?」
「倒れたでしょ?」
言われて今朝方の記憶が途中までしかないことに思い当たる。
「そういえば――」
私は起きたときにはきちんとベッドに寝ていた。服は――今朝方の服のままだけれど。
「あの後どうなったの?」
隊長は慣れているから何とか帰ることはできただろうけれど、倒れた私をここまで運ぶには……眠ってたメイさんとジンさんを起こしたのだろうか?
疑問はすぐに払拭された。
「私、こう見えても力持ちなのよ」
「……シヅがここまで運んでくれたってこと?」
「うち農家でしょ? 手伝いで米俵運んだりもするから意外と力あるのよ」
と、両腕で力瘤《ちからこぶ》を作って笑う。
セーターの上からじゃ見えないけれど、触って確認しようなんて思わなかった。可愛らしい子が筋肉むきむきなんて姿を想像したく無い。
私は引きつった笑みを浮かべながら、礼を言う。
「ありがとう」
「で、次はいつになるの?」
「……次?」
何のことかわからなかった。
「私、アシスタントなんだよね?」
私がそう宣言したことを思い出す。時が戻せるならば、あのときの私の頭にハリセンでも叩きつけてやりたい。
「次も絶対手伝ってあげるから!」
嬉しそうにシヅは言う。無邪気そうな笑顔が非常に可愛らしい。が、それに騙されてはいけない事は今わかった。
「次はいつなの?」
せかされる様に尋ねられ、頭を今朝のメイさんの顔がよぎった。
「たぶん、来年。この冬撒く予定だった雪は全部撒いちゃったみたいだから」
誰が、と言わないところが私が大人な証拠。
「えぇ~もう無いの?」
「メイさんとジンさんが今、作ってるはず――どこ行くの?」
シヅはドアを乱暴に開けて駆け出してゆく。
「作ってるとこ見せてもらう!」
声は部屋の外から響いてきた。
そして、下の階からはメイさんの怒鳴り声、ジンさんの泣き声、シヅの嬉しそうな声が響いてきた。
私は大きく息を吐いてから起き上がる。
さっさと服を着替えておいたほうがいいだろう。十分もしないうちにメイさんが怒鳴り込み、ジンさんが泣きながらやってくるだろうから。
「でも、なんか楽しいかも」
全ての音を消し、全ての色を飲み込んで降り注ぐ雪。
素を巻くのは楽しいけれど、冬も雪の日も大嫌いだった。けれど、好きになれるかもしれない。
窓の外をもう一度見つめ、白い景色にため息をつく。
メイさんもジンさんもシヅも変わっているけれど、自分が一番変わっているのかも知れない。
終
『スノーホワイト』をご覧いただきありがとうございました。
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