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あなたの好きな人。(2/3)
 写真で見たよりも、建物は少々くたびれていた。大介は見逃して通り過ぎてしまい、絵里に指摘されてそれが目的地だったことを確認する。
「始めて?」
「……写真はもっと雰囲気良かった」
「雑誌でも見たの? より良く写すのがプロってもんよ」
 絵里は笑って店内に入る。
 店内は写真よりも味のある――悪く言えば古びていた。田舎の一軒家というのは確かに。だが、その雰囲気はお洒落ではなく野暮ったいだけだ。
「なんか違う」
 不満顔で呟く大介に絵里は笑みを漏らす。
「過度の期待は禁物よ、何事も」
 黒いエプロンを羽織っただけのウェイトレスの案内で道に面した席に通され、二人はメニューを覗き込む。
「……こじゃれてるわね、味が想像出来ないわ」
 メニューに並ぶ料理名は聞いた事の無いものばかり。材料や調理法が日本語で書かれてはいるものの、いまいち味の想像はつかない。
「とりあえず、『店長オススメ』っていうこれでいい?」
「こっちの『今日のオススメ』は?」
「じゃ、それもね。後は飲み物だけど――」
 居酒屋顔負けのラインナップ。ワイン中心だが、チューハイやビールなども取り揃えられている。
「篠田君、飲む?」
「えーっと……」
 呑みたいところだが、呑みすぎて羽目を外しかねない。しかもメッセンジャーにて聞くところによると、どうやら絵里はザルみたいだし、こちらが先につぶれる事は目に見えている。
「ウーロン茶」
「わかった」
 絵里は通り掛かったウェイトレスを呼び止める。彼女は商売用の笑みを浮かべ、注文した料理名を復唱すると下がって行った。

「妙だよね」
 絵里は頬杖をついて外を見やる。日が長いため、外はまだ明るい。商店街でも呑み屋街でも無いから、人通りは多くない。日本の、どこにでもありふれた路地。店の雰囲気とのギャップが酷い。
「何が?」
 イライラと氷を噛み砕いていた大介が飲み下してから尋ね返す。
「何ていったらいいのか……すっごく久々じゃない? こういう感じ」
「うん」
 小学生の時以来、実に十数年ぶりになるか。あの頃は母が夕飯だと呼びに来るまで遊びまわっていた。いや、絵里と二人きりの時はただ時間をつぶしていただけの事が多かったか。
 あの頃の絵里の家庭事情など子供だった大介にはわからなかったが、絵里がいつまでも家に帰ろうとしない事だけはわかっていた。
「篠田君の顔見ると、いっぱい話すことがあるような気がしてたんだけど、改めてこうしてみると話すこと無いんだよね」
 しんみりと語る。大介は何も答えず、新たな氷を口に放り込む。
「あ、」
 不意に、絵里はにっこりと微笑み、
「私、お見合いするのよ」
「知ってる」
「もしかしておばさん経由?」
「そう」
「なんだ、知ってるのか。詰まんないなぁ」
 机に突っ伏す。絵里からその話を聞くとは思っていなかった大介は平静を装い尋ねる。
「相手、いい人だって……」
 絵里は視線をまた外へとむけ、
「そうなんだけど――」
 はっきりしない返事を返す。
「だけど?」
「変なんだよね」
「変?」
「あ、でもすっごく良い人なのよ」
 むっと大介は顔をしかめる。会ってもいない相手にどうしてそこまで言いきれるのだろう。
「私も結婚願望がないわけじゃないんだけど……いざとなると何だか妙な気がしてね」
 変だ、妙だが並ぶ日だ。大介は腹立たしさを抑えつつ、相槌を打つ。
「妙って何が?」
「母さんは始めての事だから不安になってるだけなんじゃない、なんていうんだけど」
「うん」
「お見合い写真見ててね、本当に私、この人と結婚するのかなって考えちゃって」
 ため息をつく。
 条件が良いのに考え込むって事は、見た目――
「不細工なのか?」
「全然」
 絵里は即座に否定する。
「男前よ。優しそうな感じ。いい人っぽいオーラが出てる」
 オーラなど写真に写らないだろうに絵里は昔から妙なことを言う。
「すっごく条件いいの。私が見ても」
「へー」
 腸《はらわた》が煮え繰り返る。それが嫉妬だと気づき、大介はますます崖っぷちに立たされた気分に陥る。絵里に告白する以外、もう道は残っていない。でも……告白できない。
「あ、料理来た」
 そこで会話を打ち切り、絵里は話題を変えた。
 美味しいと絵里が何度も口にしていたから、味は良かったらしい。その後の会話も、味も大介の記憶に残っていないのだが。


六.

ds:こんばんわ
マックス:こんばんわ

 家に帰りつき、大介がパソコンの電源を入れメールチェックを始めると、マックスがメッセンジャーにつないだと表示される。同じバスで帰ってきたからなのだろうが、妙に嬉しい。

マックス:告白したの?
ds:まだ

 しようとはした。朝、覚悟も決めていた。でも出来なかった。タイミングが合わなかったのだ。言い訳かもしれないが。

マックス:早く告白しないと。相手お見合いするんでしょ?
マックス:あ、そうそう
マックス:「わからない」ってのが答え
ds:何?
マックス:昨日、私ならどうするって言ってたでしょ?
マックス:見合い相手の条件が良くて、恋人がいないとき結婚するかって
マックス:相手に会ってみないと、結婚するかどうかなんてわからないし、
マックス:相手が私を気に入ってくれるとも限らないからわからない
マックス:答えになってない?
ds:いや、ありがとう
マックス:頑張りなよ。私、応援してるから

 応援?……違う。自分が告白したいのは絵里なのに、絵里に励まされたんじゃ意味が無い。

ds:好きです

 画面に表示された文字を見て、大介は慌てた。違う、絵里に直接告白しなければ意味が無い。

マックス:そうそう、そんな感じ。ストレートが効果的よ
マックス:あとはシュチュエーションね

 絵里は告白の練習だと勘違いしたらしい。

ds:マックスはどう言う状況で告白されたら嬉しい?
マックス:……考えつかないなあ
ds:プレゼントとかした方が良いかな?
マックス:相手によりけりじゃない?
ds:何もらったら嬉しい?
マックス:相手の好みさりげなく聞いてみたら?
マックス:あ、もう九時だね。私落ちるね
ds:バイバイ
マックス:頑張ってね、またね

 大介はベットに仰向けになる。絵里にどう告白すれば良いか。
「大介、お風呂入っちゃいなさい。お湯が冷めちゃうわ」
 母の声が響く。
「わかった」
 答えて風呂へと向かう。とりあえず、対策はまた明日だ。今日は精神的に疲れた。


七.

 大介はいつも通り会社に出社した。
 今朝、絵里はバス停には来なかった。きっと寝過したのだろう。三日に一度くらいはこういう日がある。待ち合わせしているわけじゃないから、文句を言うことも出来ない。
「おはようございます」
 すでに出社している人に声をかけていると、妙な怒鳴り声が事務所奥から聞こえてきた。
「だから、無理だってば――母さん、俺は仕事があるんだよ」
 いつものごとく、部長の江藤修《えとうおさむ》と副社長である母親の江藤静香《えとうしずか》がやりあっているらしい。しばらく言い争いは続いたが、盛大なため息の後、叩き付けるように電話はきられた。
 タイミングを見計らい、大介は顔をのぞかせる。
「おはようございます。また、おうちからですか?」
 この会社、重役はほとんど出社しない。実質的に会社を動かしているのは、三十歳過ぎの部長。若いながらも貫禄は十分ある。
「お、篠田か。ご苦労さん。まったく、こっちは仕事してるってのに突然言われても困るんだよな」
 副社長への嫌味を言われても、平社員の大介には愛想笑いを返すしかない。
 江藤は困りきった顔で頭をかきむしる。
「お、そうだ!」
 江藤にとっては名案、周囲にとっては迷惑が閃いたらしい。そろりと逃げようとした大介だったが、すでに遅すぎた。
「篠田、俺の変わりに行って来てくれないか?」
「……どこへですか?」
 露骨に嫌な顔も出来ず、愛想笑いを浮かべたまま尋ねる。
「十時に国際ホテルのロビー。俺は出張だって伝えてくれ」
「俺がですか?」
 江藤の母親はとにかく押しが強く、誰もが苦手とするタイプ。
「もう時間がないな」
 慌てた様子で江藤は事務所を後にする。手には大きなトランク。
「ついでに福社長の機嫌とっといてくれ、一日有給扱いにしてやるから。じゃあ頼んだぞ」
 無理難題を押し付け、慌しく出て行く。
「えぇっと――」
 未練がましく部長に声を掛けようとする大介に、事務をいってに引き受けている古株の中野が声を掛ける。
「はい、休暇届」
「中野さん、俺は――」
「部長命令」
「でも、」
「部長が仕事とってこなきゃ何もやることないんだから、おとなしく行って来なさい。これも仕事」
 しぶしぶ大介は休暇届を書き、会社を出た。
 静香という名前のわりに、方言混じりの大きな地声で副社長に罵倒されるだろうことを予想しながら。


八.

「修は?」
 相手の方が先に見つけてくれた。深い緑色の毛足の長い絨毯。高級そうな雰囲気があたり一面に漂う国際ホテルのロビーは、平日の為か人が少なくない。探す手間は省けたが、死刑宣告が迫っているようで大介は落ち着かない。
 副社長は何故だか和服姿。普段動きやすそうな洋装姿しか見かけないので、妙だということにこの時気づくべきだった。
 挨拶もそこそこに、
「部長は出張です」
「嘘。会社は仕事のぉて暇やろに」
 福社長の口からは聞きたくない言葉。しかも、本人は嫌味だとはこれっぽっちも思っていない。
「そんな事ないですよ」
 ぶすりと言い返す。
「ま、ええわ。で、修はいつ来るん?」
「出張なんですけど」
「はあ?」
「本当に今日から三日ほど出張なんです、部長」
 副社長の笑みが消える。
「何でそれ早く言わんの! 見合いはどうしたらええねん?」
「み、見合い?」
「相手さんにはなんて言うん? もう私、泣けてくるわ」
 本人の予定も考えずにお見合いを組み立てた方が悪いと思うのだが……何だかんだと理由を付けてお見合いをボイコットしている部長も悪いのか。
「あんた、一緒に謝ってくれる?」
 どうしてそうなる?
「あ、江藤さん!」
 灰色のスーツ姿のおばさんが現れる。
「湯沢さん……あの……」
 副社長はしどろもどろ、何と説明しようかと大介を見やる。
「息子さんは? こちらは……違いますよね?」
 じろりと大介を見る。お見合いとなれば、仲介者だろうか。
「部長、出張なんです」
「は?」
「えぇっと――」
 副社長が言葉を捜していると、
「あら、相手さんが来られましたね……どうしましょうか」
 尋ねられても大介には何も出来ない。
「あれ、篠田君?」
 声に振り向いて見れば、若草色のツーピース姿の絵里と、着物を来た絵里の母・詩子《うたこ》の姿。
「あら、お知り合い?」
 湯沢と呼ばれてたおばさんに耳打ちされ、大介は頷く。
 地獄に仏とばかりの顔をする福社長。
「じゃ、あんたが説明しね」
「え?」
「あの、すいません」
 福社長は打って変わって丁寧な物腰で詩子に対峙《たいじ》する。
「修はちょっと急用ができて来られなくなったって、たった今、この人から聞いた所なんですよ」
 『たった今』がやたら大きく聞こえたのは大介だけじゃあるまい。責任を押し付けられていることに気づき、大介は胃が痛くなってくる。
「申し訳ありませんが私どもは失礼させて頂きます。では」
「すいませんが私も失礼を――」
 副社長に続いて湯沢さんもそそくさと逃げるように去っていく。残された篠田は唖然とした顔の絵里と母を残す訳にも行かず、
「あの、とりあえず座りましょう」
 近くのクリーム色のソファを指差す。

「今回はすいません」
 誰の為なのか知らないが、大介は二人に深深と頭を下げた。
「部長、出張だって事をご家族に伝えてなかったようで……福社長は部長に相談なく見合いを段取りしたようで――」
「ま、彼女ならありえるわね」
 詩子は簡単に納得する。助かったと大介は胸をなでおろす。
「私ね、中学の同期なのよ、彼女とは」
 何か因縁があるのだろう。詩子は話題を変える。
「それより大介君、せっかくだからお昼一緒に食べない?」
 いえ、と断りかけた大介だったが、部長に一日有給扱いだと言われていたことを思い出す。なにより、副社長の機嫌取りをしない為の良い口実になる。
「いいですよ」
「じゃ、行きましょ」
 詩子を先頭に、エレベーターに乗り込む。
「一度ここの展望レストランで食事してみたかったのよね」
 ほくほく顔の詩子が指差すのは、このビルのテナント名がずらりと並んだ案内板の一番上。名前からも高級そうな雰囲気が漂ってくる和風レストラン。
 テレビや雑誌で見かけた事がある。和と洋の融合した新感覚のレストランだと。確か、お昼のランチでも二千円くらいはしたはず。給料日前の事もあり、ここでその出費は痛い。
 そんな思いが顔に出ていたのか、
「心配しなくても大丈夫よ、おばさん奢ってあげるから」
「いや、でも――」
「備えあれば憂い無し」
と、懐から茶封筒を取り出す。
「ヘソクリは有意義に使わないとね」
「お母さんいつの間に……」
 絵里は目を大きく見開く。自分の親がヘソクリしているとは思ってもみなかったのだろう。
「でも――」
「若い子がぐだぐだ言わないの。おばさんが奢るって言ってるんだからそれで良いじゃないの」
 昨夜の絵里に続き、詩子にまでご馳走してもらうのは気が引ける。だが、断るのも失礼に当るだろう。
「じゃ、ご馳走になります。すいません」
「ええ、たっぷり食べてね。軍資金はあるんだし」


九.

「大介君みたいな息子、いてもいいわね」
 帰り道のタクシーで、母はポツリと漏らす。
「作れば良かったじゃない」
 意味を理解しない娘に、どうしてこういうところに疎いのかしらこの子は……なんて思いつつ、
「子供は神様からの授かりものよ」
 絵里の幼い頃を思い出す。
 生まれてしばらくは死にそうなくらい元気のない子だった。小学校にあがっても、背の順で並べは一番前。しかも病気で休みがち。だから友達にも学校にも馴染めず、勉強も出来ず、朝になったら調子が悪くなる。悪循環の連鎖。繰り返し。
 この子の将来は絶望的ではないだろうか。そう思い込み、ノイローゼ状態だったあの頃。夫は単身赴任中、相談相手もおらず、ただただ、毎日が地獄だった。
 そんな絵里が変わったのは公園で小さな子供達と遊び始めてから。絵里よりもずいぶん小さく見えた彼らだったが、数年で絵里の肩まで追いついた。子供の成長は早い。そして時が経つのも。
「今になってみるとあっという間だったわね」
「何が?」
「娘が嫁に行く歳だってこと」
 本当ならば孫がいてもおかしくないのだが……欲を言っていては切りがない。
 絵里と将来こんな会話ができるだなんて予想だにしていなかったのだから。むしろ、あの頃は頑なに未来などないと信じ込んでいた。
「大介君とどうなの?」
 食事中の大介の様子を見る限り、絵里のことが好きらしい。そんな気持ちを隠そうと一生懸命なぶん、絵里に合わせようと大人ぶった態度をとろうと努力しているぶん、可愛らしい。
 周囲にはわかりやすすぎるくらいの大介の想いなのだが、どうやら絵里は何も気づいていない様子。大介君が気の毒で応援したくなる。
「どうって?」
 何を言いたいのかわからないといった表情で絵里は尋ね返す。恋愛に疎いから、婚期を逃して来たのだろう。確実にそういうタイプだ。
「小さい頃仲良かったじゃない」
「あぁ、朝、バス停で話するよ」
「それだけ?」
「あと、小説借りたり――」
「他には?」
 我が娘ながら、大介君、厄介《やっかい》なのに惚れたものだと同情する。
「他って?」
「デートとか」
「あのね、こっちは七つも歳が上なのよ。付き合ったりなんて――」
 遺憾だとばかり声を上げた絵里だったが、
「そういえば昨日、大介とご飯食べたよ」
「そうなの?」
「いつも小説借りて悪いから、奢ったのよ」
 だから今日、奢るっていうと遠慮していたのか。
 何かを思い出したらしく、絵里がにやりと笑う。
「私はファミレスか居酒屋でいいかと思ってたんだけど――」
 にやつきは強くなる。
「大介、雑誌で見た店が良いって。でね、探してたどりついたんだけど、『なんか違う』ってむくれてんの。こじゃれた感じの、結構雰囲気のいいところだったんだけどね」
 その時の様子を思い出したのだろう。絵里はケラケラ笑う。大介君、本当にごめんなさい。惚れる相手は本当に絵里で良かったの?
「大介君、絵里のこと好きなんじゃない?」
 直接的に言ってみる。絵里はきょとんとしていたが、やがて大きな笑い声と共に、
「それはないよ、絶対」
「そうかしら。でも、今、年上女房って流行りじゃない?」
「母さん、良く考えてよ。私は三十路前、あの子は二十二歳よ」
 大介は早生まれだから学年よりも一つ、年下になる。
「そんなに気にするほどの歳の差?」
「いい加減にして」
「母さんの感、外れてないと思うけど」
「今回は外れてるわよ。きっちり、かっちり」
 家に帰りつく。タクシーから降りた絵里は、家ではない方向に歩き出す。
「どこ行くの?」
「ちょっと散歩」
 若草色のツーピースを来たまま絵里は歩き始めた。これ以上母の話に付き合ってはいられないとばかりに。


十.

 平日の昼過ぎ。近所に人気はない。母からあんな話を聞いたからか、懐かしい場所を求めて足は動く。
 公園、河原を過ぎた辺りで靴擦れを起こしたのだろう。履きなれない靴で散歩はまずかった。
 家へと足を向ける。家から数十メートルまで帰って来たときだった。前方からやってくるのは――。
「篠田君」
 大介は慌てた様子で逃げようとする。
「ちょっと待って――」
 呼び止めれば観念した様子で立ち止まる。
「靴ずれしたみたいなの。悪いけど、肩、貸してくれると嬉しいんだけど」
「……わかった」

 ようよう家までたどり着く。ストッキングの上からもわかる赤く腫れ上がった跡が痛々しい。
「ありがと。助かったわ」
 玄関を開けかけた絵里に大介はぽつりと呟く。
「あのさ、」
「何、なんか言った?」
「俺のイニシャル知ってる?」
「イニシャル? 篠田大介だから――SD?」
「普通は反対だろ?」
「そっか。じゃ、DSか――……ds?」
 なぜそんな事を言い出すのか、なんて疑問は衝撃に打ち消された。
「好きです。付き合って下さい」
「……え?」
 大介は絵里が見た事のない真剣な顔をしている。決意に満ちた瞳の大介。
 数秒が流れ、絵里が何も言えないでいると逃げるように駆けて行く。
「え? ええっと……え?」
「馬鹿娘」
 事態を把握できず戸惑う絵里に、玄関から顔を出した詩子が呆れ顔で呟く。
「お、お母さん」
 狼狽のあまり泣きそうな顔の絵里。
「母さんが言った通りだったでしょ」
「い、いつからそこに?」
 詩子は絵里が帰ってくるのが遅いので迎えに出ようとしたところ、肩を組むようにして歩く二人を目撃し、玄関で待機していたのだ。大介に「おめでとう」を言おうと思って。だが、扉一枚隔てた所で展開された出来事に詩子も驚いていた。
「そんなことより、どうするの?」
 野次馬根性で尋ねる。
「何が?」
「わかってる癖に」
「……」
「どうするの?」
「……どうしたら……いい?」
「まずは家に入りなさい。ハーブティー入れてあげるから着替えてらっしゃい」


十一.

 絵里は部屋着に着変え、リビングルームのソファーに座り込む。キッチンからは気分を落ち着かせるハーブティーの良い香りが漂ってくる。
「大介君の事、どう思ってるの?」
 カップにつぎわけながら、詩子は尋ねる。
「どうって……わからない」
「はい、熱いわよ」
 カップに注いだハーブティーを渡す。冷ましながら、絵里は一口啜る。
「ただの友達?」
 戸惑いながらも頷く。
「でも、告白されてわからなくなった?」
 同じように頷く。
「年上女房も悪くないと思うけど?」
「でも、あの子若いのよ。ただの憧れかもしれないし、一時の気の迷いかもしれない」
「大介君の気持ちを否定するわけ?」
「そんなわけじゃ――」
「そうなるでしょ? 今の言葉だと」
 答えようもなく、絵里はハーブティーを啜る。
「もっと簡単に考えてみたら?」
 詩子はハーブティーを啜り、自分のいれたお茶に満足げな息をつく。
「でも――」
 絵里は小さな声を上げる。
 簡単に考えられないのは、絵里の優しさだろうか。それとも本人が気づいていない大介への想いがあるのだろうか?
「嫁に行く気だけじゃなく、恋愛する気もないの? 若い娘さん」
「もう若くなんてないわよ」
 反論するところを見ると、気分は落ち着いてきたらしい。
 詩子はくすりと笑う。
「母さんに比べれば十分若いでしょ」
「……ご馳走様」
 答えは出ないまま、絵里は部屋へと帰る。

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