今、そこにある危機。
目が覚めると、みょうに頭がすぅすぅした。触ってみた。細い、絡まりやすい質をしたものがそこにあるはずだった。
「――はりゃ?」
ペタペタ――
小気味良い音が朝の静かな室内に響く。
パンパン――
予想だにしていなかった音。
ペシペシ――――――
(なんてやってる場合じゃない!)
薫はあわてて飛び起き、鏡に映る自分の顔をいや、頭を凝視した。まじまじと鏡に映る頭を見て、いつもそこにあったはずのものを探そうとした。が、そこに探していたものなど一本も見出せなかった。髪の毛と呼べるようなモノなど。
最初から何も生えてなどいなかったかのような、見事に、綺麗に、むしろ感嘆するほどのスキンヘッド。
自分って案外頭の形いいんだ。
…………。
(何じゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!!)
心の中で大絶叫。本当に驚いたときは声がでないもんだってことを身をもって知らされる。
(どうしよう!)
次に浮かんだのがこれ。冷静というわけではなく、混乱してたのだ。
「と、とりあえず……」
部屋の片隅でうっすらほこりを被っていた帽子を頭に載せる。去年の春に買ったものの、数回使用しただけで放り投げていた。
「な、何とか、わからないかな?」
母さんに『のっぽさんみたいだ』と言われたために被らなくなったクリーム色の帽子をこれでもかと深々被る。けれど、どこか違う。横髪、後ろ髪がないのは違和感がある。
「……毛……毛――かつら!」
いぶかしげな両親を目で牽制し、朝食をかっ込み、十一時になるのをまんじりとして待つ。近所でかつらを売ってるのはたぶん、大型ショッピングセンターだけ。
そこの開店は十一時なんてふざけた時間。あぁ、まったくふざけてる。緊急事態だってのに!
十時半にはショッピングセンターに到着。今日に限って時計の針はじわりじわりとしか動きゃしない。開店準備のために店内では店員さんが動き回っている。
(掃除なんていいから!!)
心の中で絶叫。時計の針はやっと一分前。
(ちょっとくらい早く開けてくれてもいいのに!)
いくら毒づいても彼らは時間通りに仕事をこなす。
やっと扉が開くとともに店内を猛ダッシュ。店員さん方の注目を一身に浴びるが、そんなことにかまってはいられない。
(かつらは確か、帽子売り場にあったはず)
二ヶ月くらい前の記憶を頼りに、帽子売り場のある二階へ急ぐ。エスカレーターを駆け上がり、ラストスパート。
白、ベージュ、クリームが点在する帽子売り場。
(かつら、黒髪でもいいからとにかくかつら……)
見渡すが、無い。
(かつら、かつら、かつら!)
あまり大きいとはいえない帽子売り場の周りを三周もするが見あたら無い。
「かつらは?!」
思わず近くで作業していた店員さんに大声で尋ねてしまう。
「へ? かつら――あ、ウィッグは現在取り扱っておりません。申し訳ありません」
薫は……何かが崩れていく音が聞こえた。
「――終わった」
何もかも。
自分はスキンヘッドとして、今日から生きていかなきゃならないのだ。
(呪ってやる。何もかも。全部。みんな。呪ってやる)
「あの、お客様」
こわごわ、先ほどの店員が声を掛ける。口中でぶつぶつ唱えながら、座った目で薫は店員を見る。
「ご注文なされますか?」
天の声だった。
***
その頃、宇宙の片隅で。
「今回の非検体、その後の追跡調査結果の報告書がまとまりました」
銀色の服を着込んだ彼は、同じ服装の司令官に報告書とともに資料を見せる。
「ふむ」
しゃちほこばった顔で報告書を受け取った司令官は、その中に書かれたある言葉に注目した。
「この『かつら』というのは何かね?」
「今回非検体から摘出した頭部保護のための肉体の一部、それに似せたもののようです」
「ふぅん」
ぱらぱらとデータをめくりつつ、司令官はちらりと横手に置かれた資料を見る。
基本色は黒。であるのに、科学的な変化を加え(サンプルを調べた結果判明)、先は黄色く、半ばは茶色く変色している。非検体が眠っている際に、頭皮、毛根ごと採取した貴重なサンプルだ。
非検体は適切な傷跡の事後処理をし、眠っているうちに元の場所に戻しておいたから何が起こったかなどわからないだろう。ただ、二度と髪が生えることはあるまいが。
「新たな発見ですよ、これは!」
若き生物学者である彼は黒い大きな瞳を輝かせる。
「地球人たちの文化では頭部は人に見せるべきではない、恥ずべきものとして認識されているんです!」
若い彼は始めての地球遠征で、さっそく新たな論文テーマを見つけ興奮していた。
そんな彼に司令官は報告書を返しつつ、
「――とりあえず、その結論を出すには十分なサンプルデータをとってみてからにしたほうが良いだろうな」
「そうですね。慎重なことに越したことはありませんからね」
その後、三丁目の山田さんや、隣町の中島さんが、朝目覚めるとスキンヘッドになっていたりしたわけだが、それはまた別のお話。
終わり
『今、そこにある危機。』をご覧いただきありがとうございました。
「――はりゃ?」
ペタペタ――
小気味良い音が朝の静かな室内に響く。
パンパン――
予想だにしていなかった音。
ペシペシ――――――
(なんてやってる場合じゃない!)
薫はあわてて飛び起き、鏡に映る自分の顔をいや、頭を凝視した。まじまじと鏡に映る頭を見て、いつもそこにあったはずのものを探そうとした。が、そこに探していたものなど一本も見出せなかった。髪の毛と呼べるようなモノなど。
最初から何も生えてなどいなかったかのような、見事に、綺麗に、むしろ感嘆するほどのスキンヘッド。
自分って案外頭の形いいんだ。
…………。
(何じゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!!)
心の中で大絶叫。本当に驚いたときは声がでないもんだってことを身をもって知らされる。
(どうしよう!)
次に浮かんだのがこれ。冷静というわけではなく、混乱してたのだ。
「と、とりあえず……」
部屋の片隅でうっすらほこりを被っていた帽子を頭に載せる。去年の春に買ったものの、数回使用しただけで放り投げていた。
「な、何とか、わからないかな?」
母さんに『のっぽさんみたいだ』と言われたために被らなくなったクリーム色の帽子をこれでもかと深々被る。けれど、どこか違う。横髪、後ろ髪がないのは違和感がある。
「……毛……毛――かつら!」
いぶかしげな両親を目で牽制し、朝食をかっ込み、十一時になるのをまんじりとして待つ。近所でかつらを売ってるのはたぶん、大型ショッピングセンターだけ。
そこの開店は十一時なんてふざけた時間。あぁ、まったくふざけてる。緊急事態だってのに!
十時半にはショッピングセンターに到着。今日に限って時計の針はじわりじわりとしか動きゃしない。開店準備のために店内では店員さんが動き回っている。
(掃除なんていいから!!)
心の中で絶叫。時計の針はやっと一分前。
(ちょっとくらい早く開けてくれてもいいのに!)
いくら毒づいても彼らは時間通りに仕事をこなす。
やっと扉が開くとともに店内を猛ダッシュ。店員さん方の注目を一身に浴びるが、そんなことにかまってはいられない。
(かつらは確か、帽子売り場にあったはず)
二ヶ月くらい前の記憶を頼りに、帽子売り場のある二階へ急ぐ。エスカレーターを駆け上がり、ラストスパート。
白、ベージュ、クリームが点在する帽子売り場。
(かつら、黒髪でもいいからとにかくかつら……)
見渡すが、無い。
(かつら、かつら、かつら!)
あまり大きいとはいえない帽子売り場の周りを三周もするが見あたら無い。
「かつらは?!」
思わず近くで作業していた店員さんに大声で尋ねてしまう。
「へ? かつら――あ、ウィッグは現在取り扱っておりません。申し訳ありません」
薫は……何かが崩れていく音が聞こえた。
「――終わった」
何もかも。
自分はスキンヘッドとして、今日から生きていかなきゃならないのだ。
(呪ってやる。何もかも。全部。みんな。呪ってやる)
「あの、お客様」
こわごわ、先ほどの店員が声を掛ける。口中でぶつぶつ唱えながら、座った目で薫は店員を見る。
「ご注文なされますか?」
天の声だった。
***
その頃、宇宙の片隅で。
「今回の非検体、その後の追跡調査結果の報告書がまとまりました」
銀色の服を着込んだ彼は、同じ服装の司令官に報告書とともに資料を見せる。
「ふむ」
しゃちほこばった顔で報告書を受け取った司令官は、その中に書かれたある言葉に注目した。
「この『かつら』というのは何かね?」
「今回非検体から摘出した頭部保護のための肉体の一部、それに似せたもののようです」
「ふぅん」
ぱらぱらとデータをめくりつつ、司令官はちらりと横手に置かれた資料を見る。
基本色は黒。であるのに、科学的な変化を加え(サンプルを調べた結果判明)、先は黄色く、半ばは茶色く変色している。非検体が眠っている際に、頭皮、毛根ごと採取した貴重なサンプルだ。
非検体は適切な傷跡の事後処理をし、眠っているうちに元の場所に戻しておいたから何が起こったかなどわからないだろう。ただ、二度と髪が生えることはあるまいが。
「新たな発見ですよ、これは!」
若き生物学者である彼は黒い大きな瞳を輝かせる。
「地球人たちの文化では頭部は人に見せるべきではない、恥ずべきものとして認識されているんです!」
若い彼は始めての地球遠征で、さっそく新たな論文テーマを見つけ興奮していた。
そんな彼に司令官は報告書を返しつつ、
「――とりあえず、その結論を出すには十分なサンプルデータをとってみてからにしたほうが良いだろうな」
「そうですね。慎重なことに越したことはありませんからね」
その後、三丁目の山田さんや、隣町の中島さんが、朝目覚めるとスキンヘッドになっていたりしたわけだが、それはまた別のお話。
終わり
『今、そこにある危機。』をご覧いただきありがとうございました。
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