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独りぼっちの異邦人
「おやおや。珍しいところで、珍しい人に会ったものだ」
 低い女の声。驚嘆とともに漏らされた言葉。私は彼女以上の驚きに、目をしばたかせた。
 次の惑星へ向うためのステーション内。構内は人であふれ返っている。まだ時間があるので私はベンチに腰掛けて、座席付属の個人用《プライベート》空中モニタ《ニュース》を見ていたところだ。
 女の顔に覚えはない。ごくごく平均的な顔立ちをした人間型《ヒューマノイドタイプ》。特徴らしい特徴は無い。平均的で、平凡な。混血だろうか。だが、どの種族の? 
 逡巡したがわからない。記憶すること、物語ることが私の全て。だから普通の人より、私の戸惑いは大きいものだった。
「どなたかと、お間違えではありませんか?」
「アーヌングの……息子と言ったほうが良いのか?」
 そう言って、女は笑う。どこにでもいそうな人物の、誰でもしそうな笑み。感じの悪いものではない。だから、余計に混乱する。どうして私の正体を知っているのか。
 女は空いていた私の隣に腰を下ろす。
「昔、君に会ったことがある。正確には、端末《きみたち》の一個体《ひとり》と言った方が良いか。けれど、君には個性《パーソナリティ》が無いのだから、別固体として認識する必要は無い。そうだろう?」 
 そう言って、女は語り始めた。普段、物語るのは私のほうだから、それはとても奇妙な体験――

 君と出会ったのは、ずいぶん昔の話。といっても、百年や二百年なんて昔じゃない。もっと、ずっと千年近い昔。宝石好きのゼクスの女王がカリートの海を干上がらせた、なんて物騒な話題が流れていた頃。
 あぁ、不思議そうな顔をしているね。確かに、このリーラズル銀河の人間型《ヒューマノイドタイプ》で、千年をこえて生きる種族はいない。君の母親は惑星並の寿命を持っているそうだが人間型《ヒューマノイドタイプ》ではない。私は君の母親ほどではないが、かなり長命なんだ。一度接触《おあい》したいものだと思いつつ、ずいぶん時が流れてしまった。惑星アーヌングは私の通り道に無いのでね。
 私のこの外見は仮のものさ。どんな姿にでもなれる。とはいうものの流動種《スライムタイプ》では無い。共鳴、といったら良いのかな。未だに君達の言語に当てはまりそうな単語が存在しないのだから、説明が難しい。私の存在は君達からすれば、幻のようなもの――。
 実体はあるよ。ほら、君の手を握ることもできる。体温も感じるだろう? 私という存在を具現化させているのは、この場の全て。君もその要素の一人。わからない? 私も君に説明する言葉をこれ以上みつけられないから、説明は終わりだ。学者があふれかえっている部屋で君に会うことができれば、その時は説明できるかもしれない。だが、今はそのときじゃない。私はここにいる。それでいいだろう。
 君がまだ思い出せないところみると、もしかしたら私の会った君は惑星アーヌング《おやもと》へ帰り着けなかったのかもしれない。それとも、そんな昔の記憶は共有していないのかな? すまない。君のように上手く語れないので、脱線ばかりするかもしれないが、根気良く聞いて欲しい。
 私と君が出会ったのは、私がクーガナル系の第五惑星オフィーリアを経由して第二惑星ディスノミアへ向っているときだった。あの頃は別の名前だったと思うが、あいにく私は覚えていない。栄枯盛衰。名前なんて、覚えた先から変わっていく。私が忘れっぽいのではないよ。この世の中が慌しくて、あまりにも忙《せわ》しないだけ。
 今まで、星の数ほどの人と出会い、こんな風に話をして別れた。世間話だったり、込み入った話だったり、様々な話。君もその中の一人だけれど、忘れられない人の一人だよ。星に輝きの強弱があるように、印象深い人もいれば、すぐに忘れてしまうような人もいる。まぁ、君ほど変わった人もなかなかいないけどね。
 あぁ。そうだ、改めて自己紹介した方が良いね。私の名はコメット。旅をするのが私の人生。私にとって旅とは呼吸と同じもの。旅をしているのが私にとって通常の状態なんだ。君が物語を見出し、語るのが生きる意味だと言うのと同じでね。すまない。話が脱線しすぎたね。
 あの日、私達が乗っていた定期宇宙船に一人の女性が乗っていた。第二惑星ディスノミアといえば、今では名高い商業地として栄えているが、当時は僻地。田舎も田舎。定期宇宙船とは言うものの、月に一度しかない船だったし、貨物船の一部を改造して人が乗れるようにしたものだった。しかも、座席は相席でね。短距離だとそういう形式のものもあるけれど、長距離旅行だよ。あの頃でも個室が当たり前の時に、相席だったんだからその田舎っぷりがわかってもらえるだろう。
 船は満員だった。私は窓際というのか、壁際でね。まともな窓も付いていなかった。個別モニタもなく、中型モニタがただ一つ、前方についていただけ。ろくな船じゃなかった。
 彼女は私の隣、君はその隣。通路側にいた。そうそう、あのときの君にはずいぶん親切にしてもらったんだ。こまめに飲み物や食べ物を持ってきてくれたりね。君は通路際に座っていたし、座席の幅は狭くてね、まったく、よくあんな船に乗ったものだと未だに思うよ。私も君同様、物好きなんだろうさ。
 彼女がどこの惑星出身だったか――悪いが憶えていない。人間型《ヒューマノイドタイプ》だったのは間違いないが、私は外見的なものに興味が無くてね。彼女はよくある失恋からの傷心旅行で、第二惑星ディスノミアへ向っていた。全てを投げ捨てて、辺境惑星で人生を一からやり直すと言っていた。ずいぶん無茶をするものだよ。
 私は共鳴する、と先ほど言ったね。通常、この空間にいるもの全てに対して共鳴するんだが、やはり、身近にいる者に一番影響を受けてしまう。あの時の私は、隣の座席にいる彼女に強く共鳴していた。全てがどうでも良いと思いつつ、過去を強く引きずっている彼女に。
 長い旅、まして隣同士の席ともなると、なんとなく自己紹介をしてしまう。君が名乗り、私が名乗り、促されて彼女が名乗った。彼女の名を聞いた君は、スイッチが入ったように物語を語り始めた。惑星ディスノミアの神話の一つ。彼女と同じ名前の、終末とも破滅とも言われる女神の物語だ。
 彼女同様、私も君の語り口調に引き込まれたよ。さすがに君は物語るのが上手い。その神話がどんな内容だったかだって? はっきりとは憶えていない。何せ、大昔の話なんだから。
 私達は惑星ディスノミアで別れた。君は彼女について行ったよ。私はそこからまた別の船で旅立った。私は旅をしていることが重要でね、観光やふれあいは不要なのさ。話はここで終わる、ように思うだろ? ところが、別の場所で君にまた会ったんだよ。つまり、君に会うのはこれで三度目ということになる。私が君について知っているのは、二度目に会った君に、端末《きみたち》の生態を聞いたのさ。
 二度目の君に会ったのは、こんな風にステーションで宇宙船を待っているときでね、そのときの君は私のことを覚えていたよ。そして、隣に座って彼女のその後の人生――思い出した。「レグルスの女神」の物語を君は話してくれたよ。そうそう、昔、あの惑星はレグルスという名前だったよ。懐かしい。
 彼女が惑星レグルスに降り立った時というのは、世界の終末ともいえるような混迷期だったそうだよ。彼女は名前のせいもあって、ずいぶん苦労したと、君が言っていた。けれど、その名前のおかげもあって女神に祭られたのだから、世の中、どちらに転ぶかわからないね。
 おやおや、この物語を知らない? 私は君から聞いた物語なのだが……君は覚えていないのか。やはり、あまりに昔の記憶は共有しないのだね。
 物語の結びはこうだった。破滅の後にあるのは、再生。神は両面を併せ持つ存在。破滅の女神は同時に再生の女神でもある。ふふふ――君の言葉をそのまま繰り返しているのに、そんな顔をして聞かれるとおかしいな。
 おっと、もうすぐ船が来そうだ。私は惑星シシリアン方面に向うのでこれで失礼させてもらう。またいつか会うことがあれば良いな。
 私に付いて来たい? それはお勧めしない。私は君が好むような物語にはならないよ。二度目の君がしばらく私に付き添っていたが、興味なさそうな顔で離れていった――私は常に異邦人でしかないからね。
 また、いつか会おう。私は終わらない旅を続けるから、そのうちに。今度は君の物語を聞かせてもらうよ。私の旅が終わるのは、私が消滅するときさ――あぁ、ありがとう。またいつか。



『独りぼっちの異邦人』をご覧いただきありがとうございました。
この作品は突発性競作企画23弾:独りぼっちの異邦人に参加してます。
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