アーヌングの語り手
『次はN78249-04-t98ステーション。アーヌング惑星、中央ステーションです。燃料補給と貨物の上げ下ろしの為、数時間停泊いたしますが、降りることはできません』
この先には数個の、鉱物採集のための惑星しかない。観光地もないから、貨物と客を同じシャトルに乗せる。客のほうがオマケ。事実、広くは無い乗客室、私の他には数えられる程度。休暇明けの労働者か、本社からの視察社員だろう。退屈そうに時間をつぶしている。
手荷物片手に立ち上がり、通路を進む。トイレを通り過ぎ、自動販売機――数百通りのメニュー登録された飲料と食事の合成調理販売機――の横を通り抜け、外へと続くエレベータへ乗り込む。黒いロングコートを羽織り終えたところで、デジタル音声が響く。
『このターミナルは、降りる事が出来ません』
嫌味のない女性の声が繰り返す、レトロな合成音声に微笑む。数度繰り返したところで、この星の概要を説明する声に変わる。要約すれば、目ぼしいものは何も無い、ただの岩の塊。酸素も資源も鉱物も、もちろん原住民もいない星。
「知ってるよ」
私はそれを懐かしく思いながら聞き終え、ドアをすり抜ける。こんなことが出来る有機生命体は、宇宙広しといえど、私以外に聞いたことが無い。
そこは巨大なドーム倉庫。複数の路線の中継地点。昼間のように明るいライトが闇を消そうとしているが、貨物コンテナの陰は暗い。
酸素は満たされていないようで、作業員達はそれぞれ宇宙服を着込み、ヘルメットを被っている。酸素を必要としない種族でも、宇宙空間で活動できるものは少ない。私は闇にまぎれるよう、コートの襟を立て、空中を歩くように進む。
ようやく、片側の岩壁へ到達する。昔よりずいぶん、この倉庫も大きくなった。
「帰りました」
ポカリと口をあけるように、岩肌が丸く闇色に染まる。ただ、夜のように暗い場所なので、その色の違いを気づくものはいない。
「お帰り」
遠くから、脳内に直接言葉が伝わる。音声ではないけれど、柔らかな声だと認識する。
「ただいま」
私は同じように答え、闇に消える。同時に、私に似た人影が闇から浮上し、シャトルに乗り込み旅立っていく。
長い長い闇色のトンネルを歩く。てくてく、自分の歩調で。遠くに白い光が見える。そこを目指して歩き続ける。
トンネルを抜けると、白く輝く靄《もや》に満たされた空間に出る。
「ただいま」
「君の思考は理解できない」
靄《もや》は濃度を変え、中に浮かぶ、小さな星のような光がため息を吐くように点滅する。誰にも知られていない、この惑星唯一の生命体。彼女――もしくは彼。誰よりも年老いた、知的探求者。私にとって絶対の存在。仕えるべき主人であり、親というより創造神。ずっと昔、有機生命体だったというけれど、それが真実であるのか、知る人は無い
「なかなか良いものですよ。宇宙船の旅行も」
「そうじゃない。どうしてトンネルを歩いて来た?」
そちらか。
「たまには良いでしょう。楽しいものですよ、歩くのも」
「おかげで数年、退屈だった」
すねるように言い、楽しそうに点滅する。トンネルは長いが、彼女の力を用いれば、一歩にも満たない距離。彼女の力をほんのわずかながら持つ私にとっても同じこと。
「あなたに時間感覚なんて無いでしょう」
「失礼な。私にだって時間感覚はありますよ」
笑うような、大きな濃度変化の渦ができる。そうは言うけれど、彼女にとっては百年も一日も大差ない。この宇宙で起こる出来事は、彼女にとっては物語と同じこと。
私は目を閉じ、語り始める。記憶することが私の特性だから、忘れることなんて無いけれど、一言も漏らさないよう注意して。セレスティンの宝石の物語、ガニメデの女王の物語、ベガの王女とグノーシスの物語、たくさんの人々のたくさんの物語。奇妙な話、偉人の話、恋の話、いろいろな話。
語り終えた私をねぎらうように、喝采するように、彼女は靄《もや》を渦巻かせる。光が踊り、実に幻想的な光景。
「アーリィか」
彼女は楽しげに笑う。
「イグナウシアを思い出すよ」
「そうですね」
私は答え、靄《もや》の中から、イグナウシアの歌の物語――光を探し出す。この光は、私が集めてきた物語を彼女が具現化させたもの。
「イグナウシアの歌は、ずいぶん色褪せてしまいましたね」
弱弱しい光。どんなに強烈な光を放っていても、やがて褪せて、消える。アーリィ以上に、この宇宙で強烈な光を放っていたイグナウシアも今では忘れ去られた。
「摂理、運命、終焉……」
彼女は言葉を続け、
「アーリィが、いつまで色褪せない物語であり続けるか、楽しみだね」
「イグナウシアよりも長く語り継がれますよ。きっと」
ジリリとベルが鳴り、私はコートの胸ポケットから時計を取りだす。
「もう時間か」
彼女が名残惜しそうに言う。
「今回も実に楽しかった。時計を」
放り投げる。それは落ちることなく、宙へとどまり、回転し――光とともに姿を変える。
「見た目は君の懐古趣味を反映させて。中身はどんな時計より最新式に」
「今度は変な機能をつけていないでしょうね?」
時計を手に取り、よくよく見やる。今度はタイムスリップ機能はついてなさそうだ。前の時計は、知らず新しく付いたネジを回したり、ボタンを押したりしたところ、過去へ未来へと時間旅行してしまった。おかげでセレスティンの宝石の物語を知ることができたのだけれど、現在により近い時間の流れに戻るのが大変だった。現在は、常に未来から過去へ移り変わるものだから。
「さぁ、新しい物語を探してきて」
私はその声に押されるように、歩き出す。黒い闇を抜け、久々のターミナルはすっかり姿を変えていた。リゾート地へ向う中継基地のよう。華やかで快適。
どうやら、彼女が近くの惑星にまた悪戯《いたずら》したらしい。彼女は生物を超越した存在。このターミナルが寂れかけると、この惑星近くに良い鉱脈が見つかったり、新たな惑星へのルートが開拓されたりする。風が吹けば桶屋が儲かるような、とてもとても遠いところが変化して、このターミナルは使われ続ける。誰もそこに関連性を見出したりしない。
入れ違いに帰ってきた『私』から、記憶を受け継ぐ。彼女の元へと続く、トンネルの出入り口である闇。触れれば互いに記憶の交換ができる。
私という存在は、一人であると同時に複数。何人いるかなんて、わからない。彼女の退屈を紛らわせるため、宇宙を旅をし、物語を集めるのが仕事。私は、永遠に物語になることができない、語り手なのだ――。
終
『アーヌングの語り手』をご覧いただきありがとうございました。
この先には数個の、鉱物採集のための惑星しかない。観光地もないから、貨物と客を同じシャトルに乗せる。客のほうがオマケ。事実、広くは無い乗客室、私の他には数えられる程度。休暇明けの労働者か、本社からの視察社員だろう。退屈そうに時間をつぶしている。
手荷物片手に立ち上がり、通路を進む。トイレを通り過ぎ、自動販売機――数百通りのメニュー登録された飲料と食事の合成調理販売機――の横を通り抜け、外へと続くエレベータへ乗り込む。黒いロングコートを羽織り終えたところで、デジタル音声が響く。
『このターミナルは、降りる事が出来ません』
嫌味のない女性の声が繰り返す、レトロな合成音声に微笑む。数度繰り返したところで、この星の概要を説明する声に変わる。要約すれば、目ぼしいものは何も無い、ただの岩の塊。酸素も資源も鉱物も、もちろん原住民もいない星。
「知ってるよ」
私はそれを懐かしく思いながら聞き終え、ドアをすり抜ける。こんなことが出来る有機生命体は、宇宙広しといえど、私以外に聞いたことが無い。
そこは巨大なドーム倉庫。複数の路線の中継地点。昼間のように明るいライトが闇を消そうとしているが、貨物コンテナの陰は暗い。
酸素は満たされていないようで、作業員達はそれぞれ宇宙服を着込み、ヘルメットを被っている。酸素を必要としない種族でも、宇宙空間で活動できるものは少ない。私は闇にまぎれるよう、コートの襟を立て、空中を歩くように進む。
ようやく、片側の岩壁へ到達する。昔よりずいぶん、この倉庫も大きくなった。
「帰りました」
ポカリと口をあけるように、岩肌が丸く闇色に染まる。ただ、夜のように暗い場所なので、その色の違いを気づくものはいない。
「お帰り」
遠くから、脳内に直接言葉が伝わる。音声ではないけれど、柔らかな声だと認識する。
「ただいま」
私は同じように答え、闇に消える。同時に、私に似た人影が闇から浮上し、シャトルに乗り込み旅立っていく。
長い長い闇色のトンネルを歩く。てくてく、自分の歩調で。遠くに白い光が見える。そこを目指して歩き続ける。
トンネルを抜けると、白く輝く靄《もや》に満たされた空間に出る。
「ただいま」
「君の思考は理解できない」
靄《もや》は濃度を変え、中に浮かぶ、小さな星のような光がため息を吐くように点滅する。誰にも知られていない、この惑星唯一の生命体。彼女――もしくは彼。誰よりも年老いた、知的探求者。私にとって絶対の存在。仕えるべき主人であり、親というより創造神。ずっと昔、有機生命体だったというけれど、それが真実であるのか、知る人は無い
「なかなか良いものですよ。宇宙船の旅行も」
「そうじゃない。どうしてトンネルを歩いて来た?」
そちらか。
「たまには良いでしょう。楽しいものですよ、歩くのも」
「おかげで数年、退屈だった」
すねるように言い、楽しそうに点滅する。トンネルは長いが、彼女の力を用いれば、一歩にも満たない距離。彼女の力をほんのわずかながら持つ私にとっても同じこと。
「あなたに時間感覚なんて無いでしょう」
「失礼な。私にだって時間感覚はありますよ」
笑うような、大きな濃度変化の渦ができる。そうは言うけれど、彼女にとっては百年も一日も大差ない。この宇宙で起こる出来事は、彼女にとっては物語と同じこと。
私は目を閉じ、語り始める。記憶することが私の特性だから、忘れることなんて無いけれど、一言も漏らさないよう注意して。セレスティンの宝石の物語、ガニメデの女王の物語、ベガの王女とグノーシスの物語、たくさんの人々のたくさんの物語。奇妙な話、偉人の話、恋の話、いろいろな話。
語り終えた私をねぎらうように、喝采するように、彼女は靄《もや》を渦巻かせる。光が踊り、実に幻想的な光景。
「アーリィか」
彼女は楽しげに笑う。
「イグナウシアを思い出すよ」
「そうですね」
私は答え、靄《もや》の中から、イグナウシアの歌の物語――光を探し出す。この光は、私が集めてきた物語を彼女が具現化させたもの。
「イグナウシアの歌は、ずいぶん色褪せてしまいましたね」
弱弱しい光。どんなに強烈な光を放っていても、やがて褪せて、消える。アーリィ以上に、この宇宙で強烈な光を放っていたイグナウシアも今では忘れ去られた。
「摂理、運命、終焉……」
彼女は言葉を続け、
「アーリィが、いつまで色褪せない物語であり続けるか、楽しみだね」
「イグナウシアよりも長く語り継がれますよ。きっと」
ジリリとベルが鳴り、私はコートの胸ポケットから時計を取りだす。
「もう時間か」
彼女が名残惜しそうに言う。
「今回も実に楽しかった。時計を」
放り投げる。それは落ちることなく、宙へとどまり、回転し――光とともに姿を変える。
「見た目は君の懐古趣味を反映させて。中身はどんな時計より最新式に」
「今度は変な機能をつけていないでしょうね?」
時計を手に取り、よくよく見やる。今度はタイムスリップ機能はついてなさそうだ。前の時計は、知らず新しく付いたネジを回したり、ボタンを押したりしたところ、過去へ未来へと時間旅行してしまった。おかげでセレスティンの宝石の物語を知ることができたのだけれど、現在により近い時間の流れに戻るのが大変だった。現在は、常に未来から過去へ移り変わるものだから。
「さぁ、新しい物語を探してきて」
私はその声に押されるように、歩き出す。黒い闇を抜け、久々のターミナルはすっかり姿を変えていた。リゾート地へ向う中継基地のよう。華やかで快適。
どうやら、彼女が近くの惑星にまた悪戯《いたずら》したらしい。彼女は生物を超越した存在。このターミナルが寂れかけると、この惑星近くに良い鉱脈が見つかったり、新たな惑星へのルートが開拓されたりする。風が吹けば桶屋が儲かるような、とてもとても遠いところが変化して、このターミナルは使われ続ける。誰もそこに関連性を見出したりしない。
入れ違いに帰ってきた『私』から、記憶を受け継ぐ。彼女の元へと続く、トンネルの出入り口である闇。触れれば互いに記憶の交換ができる。
私という存在は、一人であると同時に複数。何人いるかなんて、わからない。彼女の退屈を紛らわせるため、宇宙を旅をし、物語を集めるのが仕事。私は、永遠に物語になることができない、語り手なのだ――。
終
『アーヌングの語り手』をご覧いただきありがとうございました。
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